世界拳闘紀行 第三回 ロシア(旧ソ連)

WORLD BOXING JOURNEY

文:コビトロック
イラスト:Kimura

拳闘紀行3
昭和世代のソ連ボクサーのイメージ?そりゃ…

 第三回です。今回はロシア&旧ソ連。あなたはロシアのボクサーにどんなイメージがありますか?私はイワン・ドラゴ(byロッキー)のイメージです(演じたドルフ・ラングレンはスウェーデン人でも)。冷戦真っ盛りに資本主義国側によって植え付けられた、ソ連人=冷血な戦闘マシーン。これってウォーズマン(byキン肉マン)の影響もあるかも。で、旧ソ最初のプロ世界王者のユーリ・アルバチャコフもその無表情&正確で無慈悲な攻撃は、そのイメージの延長にあったので、もう固定されちゃって…。勿論多種多様な選手がいるけどね。

民族の数とその歴史の数だけ拳で戦う文化はある?

 旧ソのボクシングの歴史はって言うと…国土広過ぎ&多民族過ぎなので源流を辿りにくいものの、そこそこの人口と歴史を持つ民族あるある、何かしら格闘技があるって奴で、ご多分に漏れず13世紀の段階でベアナックル・ボクシングが存在したと書物に残っているそうです。ただ素手は危険なので服の袖で拳を覆う(あんま変わらんやん)地方もあった。でもそうなると袖に鉄を仕込むっていう反則も出て来たり。
 しかも、交互に殴り合い、相手のパンチを避けてはいけないという(格闘技というか我慢比べ?)ルールがあったり、う〜ん、おそロシア(このベタワード使いがちになるので、この一回だけにしとく)。その他1対1の他に集団戦というのもあった(ヤンキー漫画の学校同士の抗争みたい)。19世紀にはイワン雷帝王の前でグローブらしきものを着けて御前試合が行われた記録も。
 格闘技としては20世紀発祥とされる後発のサンボや軍隊格闘技のシステマの方が技術体系が確立されている感じ。
 

モスクワ
アマチュア大国

 ソ連は社会主義国なのでプロは存在せず。アマチュアのみ。でも昔の五輪で顕著やけど、社会主義のアマエリートって国の威信かけて予算かけた育成と運営で専業選手。もはやトッププロ。それはそれは強かった。資本主義国は稼げるプロに有望選手が流れるので、余計にアマでは共産圏が強かった気もする。
 五輪に限れば金メダル24、銀24、銅33(カザフスタン等のソ連解体後独立国を入れたらもっと増える)。やはりアマボク大国。
 たらればになるけども、戦後〜ペレストロイカ前までの名選手がプロ参戦していたら、90年代以降の旧ソ圏の興隆が何十年か早まっていただろう。

ペレストロイカ軍団来襲!!

 そして時は1990年。ペレストロイカの改革政策〜ソ連崩壊を受けて、アントニオ猪木の手引きで協栄ジムにアマの有望選手達が所属する事に。その名も「ペレストロイカ軍団」何か、ストロングマシーン軍団や魔界倶楽部みたいなプロレスネーミング。
 それはそうとこの軍団メンバー、来日当初はヘビー級の選手の方が注目されてたしプロレスと親和性高い媒体でもピックアップされていた。でも実際プロデビューしてみると…あれ?あれれ?微妙というか…見かけ倒し?日本じゃ重量級の試合も組みにくいし、いつの間にかフェードアウト。
 

赤の広場
デビュー時が完成系?日本よこれがチャコフ・ユーリだ!

 その一方、当初は余り注目されていなかったフライ級の選手がデビュー戦一試合で全ての注目を集め軍団の主役に躍り出る。それがチャコフ・ユーリ。日本人が今まで見た事ないような、スピード・キレ・正確性、全てを備えたコンプリートボクサーのデビュー戦3ラウンドTKO勝利は、大げさでなくカルチャーショックだった。
 一切サービス精神を出さない言動と無表情、無慈悲に相手を破壊する攻撃力。あぁこれぞ氷の大地から来た殺人精密兵器よ!好き!ヘタに「日本人は親切だし街は安全で、なにより日本食は最高だね!」とか寄せて来ないのも好感(奥さんは日本人を選んでたけど)。
 後に「ユーリ・海老原」ってリングネームにされたけど嫌がって(“エビ”がロシア語で良い意味じゃないとかだったか)、ユーリ・アルバチャコフになったのも好感(最終的に中途半端に漢字入れた「勇利・アルバチャコフ」)。その後も圧倒的な強さで日本王者に駆け上がる。
 ところでファンの間では、プロの攻撃的で倒してナンぼ。な世界に染まる前のこの日本タイトル獲得まで、もっと言うとデビュー時こそが完成系で最強だった説ってあります。相手のレベルも上がるから一概には言えないけど、確かに残された映像を観てもそうかも?て思える。

世間的には「猫パンチ」の印象の方が強い?

 そしてついに世界戦が決まる。相手はタイのムアンチャイ・キティカセム。2階級制覇を達成した強豪。歴史に残る…までは行かないけど、強い部類の王者。同時期の日本人ならまず勝てる選手いなかったのでは?
 当時は世界タイトルマッチの格は高くゴールデンタイムTV生中継当然で、今みたいにダブルやトリプル世界戦なんて中々無かった。でもユーリの世界戦は前座でした。誰の?そう、俳優のミッキー・ロークさん。ボクシングが好きでプロのリングに上がってる。とは聞いていたが、まさかここで来日&ユーリを従えてのメインイベント!?当時はまだイケメン俳優としての需要もあったし、日本でも人気ありましたもん。
 そんなミッキーの試合は、お腹タプタプの相手にヨレヨレの手首曲がったパンチで一発KO。これが「猫パンチ」の語源。もう今では一般名詞。起源を知らない人も多い?そういう意味でも歴史に名を残したぜミッキー。
 

レーニン像
無人の野を行く孤高の王者

 順序は逆ですが、セミファイナルのユーリの試合は年間最高試合。初回からお互いにダウンを奪い合う壮絶な展開も、8ラウンドに芸術的右カウンター一閃!失神KOで王者に。痺れました。ムアンチャイとの再戦では日本ボクシングにとって鬼門中の鬼門敵地タイで、相手がピンチのときに30秒程早くゴング鳴るとかありつつもKO!この試合も年間最高試合。その後も宿敵渡久地との対戦なども含め、危なげなく9回防衛を重ねたが、10度目の防衛に破れ引退。この一敗であっさり身を引いたのもカッコイイ。
 今思い出したけど、シャ乱Qのジャケに登場した(WBCじゃなく同門鬼塚のWBAベルト着けて。貴重!)事もあった。

考えたら日本でソ連ボクシングの高等技術を観られたのは幸運でしょ

 ユーリ以外のペロストロイカ軍団員でもオルズベック・ナザロフはこれまたジムの先輩に風貌が似ていた(ヒゲと髪型)のでグッシー・ナザロフのリングネームで活躍、世界を獲得。同じく軍団員で五輪金のスラフ・ヤノフスキーは日本王座を6度防衛、ベテランの風格(30前半であの頭髪)と技術で日本人を全く寄せ付けなかった。
 難攻不落という点では、後に来日して日本バンタム級王者になったサーシャ・バクティンは余りに塩強過ぎたがゆえに同級全世界王者に敬遠されたと聞く。無冠の帝王と言えばすぐに名前が浮かぶ名選手。色々あったけど無敗のままリングを去ったのは惜しい。
 

セルギエフ
ソ連の名伯楽と言えばこの人

 あと、選手ではないが軍団とともに来日したトレーナー、アレキサンナドル・ジミンさんの存在も忘れ難い。当時まだ「体幹」て単語は一般的で無かった気がするが、体幹や体の各部位とその連動を重視したり、ラウンド毎に心拍数を計る。等々、科学的根拠に基づくソ連仕込みの合理的トレーニングが日本ボクシング向上に果たした役割は特筆されるべき。91年には功績あるトレーナーに贈られるエディ・タウンゼント賞を受賞している。後には巨人ワルーエフのヘビー級王者獲得にも貢献。

チューかジューかツーか

 海外で華々しい一時代を築いたのが中量級のコンスタンチン・チュー。正統派で技巧派。な旧ソアマボクの伝統とも少し違う、独特な軌道で放たれる右ストレートの威力たるや爆弾。他の旧ソボクサーと違うというより、他のどのボクサーとも似ていない。スーパーライト級という世界的に層の厚い階級という事もあり、ミゲル・アンヘル・ゴンザレス、チャベス父、ジュダーさん、ハットン等々スターボクサーと名勝負を繰り広げた。後ろ髪を束ねた弁髪は正直微妙だけど強いからそれすらカッコ良かった。
 ちなみに息子のティム・ジューがスター街道ばく進中。
 

エカテリーナ宮殿
クラッシャー・バン・バン・コバレフ!

 その剛拳からクラッシャーと呼ばれ一時PFPランク常連だったのがライトヘビー級のセルゲイ・コバレフ。顔が地味とか、私服がダサい(旧ソ圏ボクサーに多い?でもそれも好感。そう言えば拳とKの文字を象ったロゴもダサくて好き)とか色々言われるも、高いスキルに裏打ちされたKOの山を築いた。デビュー戦から18試合はファイトマネー無しだったって話も聞く。つまり期待を背負って華々しくスター街道を歩んだのではなく、周囲を拳で徐々に納得させ続け王者になった苦労人。カネロとの試合では莫大なファイトマネーを貰った時点で達成感を得たので、試合はやる気無くしてKOされた説あるけど、過去頑張ったボーナスみたいなもんなので暖かい目で見ような。

勝率100%KO率100%王者は俺だけ、そう、余がベテルビエフ

 他にライトヘビー級は、全勝全試合KO勝ち(21年8月現在)の王者アルツール・ベテルビエフがいる(追記:2022年6月以降はカナダ国籍で戦っている)。濃すぎる髭ヅラ・胸毛・ごつい胸筋の風貌がクマみたい。見てくれの時点でパンチ強そう。実際岩で殴ってる?てくらいコスっただけでもKO生み出す。同じくロシアの技巧派グボジークをKOして王座統一。暫くはベテルビエフ時代が続くか?でも試合枯れも多く近年は攻防が雑なんよなぁ。
 

エカテリーナ宮殿
掘れども尽きぬ泉、ロシアボクサーの深淵なる世界

 便宜上、ソ連解体後のウクライナやカザフスタン等の独立国は省いたが、基本的にソ連ボクシングの継承国達だし、それらの国もプロアマ双方で大暴れを続けている。旧ソ圏ボクサーと言っても一概にくくれるものではいのだが、アマでの豊富な実績を元にプロデビューする選手が多いので基本的に強豪ばかりという見立ては間違いないだろう。そしてこれからも次々とアマ上がりの将来のスターが登場するのも間違いないだろう。
 でな訳でそれではまた次回っ!
 
 
 

ベテルビエフ
ベテルビエフ

ベテルビエフってさぁ、名前が悪魔っぽくない?
「ベリアル」とか「ベヒモス」とかと並んで「ベテルビエフ」って言われても違和感がない(あくまで個人の印象)。FFの召喚獣でいてそう。そんな勝手な名前の印象と豪拳からイメージ膨らませて作ったった闇の魔王Tシャツ。勝手に角やコウモリの翼生やしたり、返り血浴びてカラス肩に止まらせたりしてゴメンね。

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