世界拳闘紀行 第六回 フランス

WORLD BOXING JOURNEY

文:コビトロック
イラスト:kimura

まずは、おフランスの格闘技事情から

第六回おフランス。海外ネット掲示板で、世界の格闘技「英国(ボクシング)立ち技」「日本(柔道)組み技」「フランス(パルクール)走って逃げる」。って小ネタがありまして、要はこれ第二次大戦で降伏した事を揶揄されてるんですね…。

んなネタあれど、ちゃんと格闘技盛んな国です。実際は日本の3倍以上の柔道人口がいて、空手も浸透。礼儀や規律など子供の精神修養に柔道・空手に通わせる親御さんが多いらしい。キックボクシングも選手多く、ボクシングとの二刀流の選手も多い。あと、ブルース・リーのジークンドーも人気だそうで。なので人材は豊富。

そもそもフランス起源の格闘技は

パルクールやのうて、ちゃんとフランス発祥の格闘技あります。
それが『サバット』!プロレスのソバットの語源らしいし、キックボクシング?て印象の格闘技(日本でも有名なジェラルド・ゴルドーやアーネスト・ホーストもサバット経験者)。
でも本来はストリートファイトから派生した路上戦闘用護身術で、離れては杖(ステッキ)で戦う「ラ・カン」、近づいては手足の打撃「ボックス・フランセーズ」、そして投げや関節技「リュット・パリジェンヌ」からなる総合格闘技。

現在はこのうち、手足の打撃「ボックス・フランセーズ」が主流だから、サバット=キックボクシング。イメージが強いんやね。因みに相手のキックを臑で受けるとポイント取られるんだって。昔ストリートファイトで靴にナイフ仕込む奴が多かったからだそうで。ふええ。

更に因みに、このサバットの派生で、船の上で手すりに捕まりながら戦う「ショソン」という海賊が編み出した格闘技もある…何それワクワクするぅ〜!が、どんどんボクシングから外れるのでサバット話はここらでストップ。

フランスとボクシングとの関わり

ボクシング(ゴリゴリのベアナックル時代)が1754年に英国では非合法になり、仕方ないのでフランスやベルギーで試合が行われていたそうなので、その頃には輸入されていた模様。

その英国ボクシングの輸入に伴い、サバットvsボクシング交流戦が行われたり(日本も黎明期は柔道vs拳闘の柔拳興行やってたね)、サバットも仏式キックボクシングとして競技化が進み、またサバットの人材もボクシングにも流れ…割合スムーズに浸透してったようです。

最初の、そして伝説的ボクサー、ジョルジュ・カルパンティエ

そんなフランスの最初のスターボクサーは、1910〜20年代に活躍したジョルジュ・カルパンティエ。残された写真を見ても分かり易いイケメン。何せニックネームが“蘭の男”。

子供の頃から運動神経抜群で、それを見込んでボクサーとしてスカウトされた…のではなく、旅芸人に曲芸芸人としての才能を見出されて芸の道へ。その出し物の一つとして、飛び入り参加客とカルパンティエのボクシング対決があったそうで。そこでどんな大の男でもあしらう少年として話題になり、13才の時にプロボクサーへ転身(13才?まぁ、時代が時代)。
後にL・ヘビー級の世界王者になり、ヘビー級に挑戦までするジョルジュもデビューはフライ級。そりゃまだ子供だもん。

ボクシング史上初の収益100万ドル興行

その後も体の成長に従いどんどん階級を上げ、様々な王座を獲得していく(近年のパッキャオみたい)。欧州ミドル級王座、欧州L・ヘビー王座を獲得。そして世界L・ヘビー王座を獲得。
1921年、とうとう世界ヘビー級王者ジャック・デンプシーにアメリカで挑戦。野獣デンプシー対イケメンカルパンティエ。人々の興味を引き付けた世紀の一戦は、試合は初回に右を効かせて攻勢かけたものの、4ラウンドKO負け。

でも、入場者8万人(当然ビッグスクリーンがない時代、一番後ろじゃどっちがどっちかも分からなかったのでは)、興行収入150万ドル(180万ドル説も)、初の本格的ラジオ中継。ボクシングがビッグビジネスになった一戦というか瞬間として歴史に今も刻まれている。
そんな彼が残した格言「人生は非常に面白い。誤りを犯さなければ」
ん〜ヘビー級挑戦は彼にとって誤りだったのか、歴史的一戦に名を残し成功だったのか。

ピストン堀口って世界レベルだったのかな

戦前に日本に縁があったボクサーとして記録に残るのはエミール・プラドネル。1929年にフライ級で世界王者には。1933年には来日してピストン堀口らと戦い、3戦2引き分け。試合内容は定かではないが、元王者に2回引き分けって日本人大健闘では?

北アフリカの怪物

もう一人、記録というより記憶の点で歴史に名を残す男を挙げるなら、1940年代に活躍したマルセル・セルダン。デビュー後、41連勝→反則負け→23連勝→反則負け→41連勝の快進撃!強いだけじゃなく、KO出来そうなのに試合中相手に「俺が死んだら子供が孤児になる〜」と言われてKOするのを止めた。という人情深い逸話も。ん?これは優しさより、非情なれぬ弱さの気もする。でもそこも魅力か。

そんな人間味溢れる彼のロマンスの相手が、不世出のシャンソン歌手、エディット・ピアフ。

実は世界戦線での活躍期間は短い

今をときめくスターボクサーとトップ歌手。その歌聴いて「何で悲しい歌ばっか歌うん?」と聞いたセルダンに「なんで殴るん?」と返したピアフ。二人は一気に恋に落ちた。セルダンは妻子持ちだが堂々とマスコミ公表し(不倫は文化?)、妻は相手がピアフやったらええで〜と許したそう。今の日本じゃ考えられねえ。

そんなセルダンは48年に世界ミドル級王者、トニー・ゼールをKOして王者に!フランスはお祭り騒ぎ!しか〜し、初防衛戦でジェイク・ラモッタに破れ陥落してしまう。

愛の讃歌

ラモッタとの再戦が決まり、「勝つか死ぬかだ!」と言い残しパリからアメリカへ飛ぶ飛行機に乗り込むセルダン。しかし運命は非情、決戦の地に着く事なく飛行機は墜落、セルダンを含む乗客全員死亡。本当は船でゆっくりアメリカに行く予定だったが、ピアフに「早よ会いに来て〜」と言われて飛行機にしたとか。皮肉。
悲しみに暮れるピアフはそれでも気丈にステージに立つ。友人の女優マレーネ・ディードリッヒは、ピアフがセルダンに書いた「愛の讃歌」は歌うの止めるように言ったが(「あなたが死ねば私も一緒に死ぬ」という歌詞がある)、それでもピアフはこの歌を歌った。

ボクシングの話とは少し逸れるが、その後のお話。

その後、セルダンの妻とピアフは奇妙な友情で結ばれ、息子の手助けをする事がピアフの生きる目的になり、借金まみれなのに妻と子供に仕送りを続けた。時は流れセルダンJr.もプロボクサーに。そのデビュー戦のリングサイドにはセルダンの妻とピアフが並んで観戦していたという。
もう、映画みたいなお話!というかピアフの生涯は映画化(恋に生きた女ピアフ)、舞台化されてます。その映画でセルダンを演じたのが前述のセルダンJr.という、これまた映画みたいな余談。

多様な人種のフランスのボクサー達

フランスって元々植民地多いお国という事もあるやろうけど、他スポーツも含めて移民やその2世の選手が多い。出生が外国でその後フランスに帰化した王者の例を挙げても、アナクレト・ワンバ、ユーリ・カレンガはコンゴ、イスマエル・マスウーディはモロッコ、アルセン・グラミリアンはアルメニア、マヤル・モンシプールはイラン、ファブリス・ベニシュはスペイン。まだまだいる。

そう言えば、かのジャズの帝王マイルス・デイビスはアメリカから初めてパリに来たとき、ここでは人種差別を気にしない。と言ったし、ピアフと並ぶシャンソンの代表的な歌手、白人のジュリエット・グレコの恋人になってた(何か今回音楽ネタ多し)。

ハッサン?アッサン? エンダム?ヌジカム?

そう言えばこの人、アッサン・エンダムはカメルーン出身でアテネ五輪ではカメルーン代表で出た。その後フランス国籍に。WBO王者時代にピーター・クイリンに6度ダウン奪われ負けた試合、ダウンの度にダウン前より元気?に復活するその姿はゾンビというより機械仕掛けの人形のような不気味さで記憶に残ってた。
その後、プロのままLヘビー級で五輪に出たり(1回戦負け)してたが、日本人としては村田と2連戦の人!ですよね。

いざ村田との試合、村田がダウン奪いその後も押してる印象だったが…WBA会長が変な判定ごめんなさい。と声明だすほどの判定(エンダムは悪くない)でエンダム勝利→即再戦へ。
再戦もダメージ受けてもすぐ復活するから効いてるのかどうか分からん展開の中、唐突に7回終了時棄権。アレ?実はダメージ溜まってたのね。
ただ、初戦も第二戦も、来日から帰国まで終始紳士対応で日本でファン増やしたと思う。村田も「いい人オーラ出てる」言うてたし。

期待させといて…とか言わないで

近年でも最もフランスを盛り上げたのは、ブライム・アスロウム。シドニー五輪で金メダル!そしてアスロウムフィーバーのままプロデビュー。順調に大事に育てられ、いよいよWBA世界フライ級王者ロレンソ・パーラに挑むも、ダウン奪われフルマーク完敗。さらにWBO世界フライ級王者オマール・ナルバエスに挑むも大差判定負け。

その後漸くWBA世界ライトフライ級王者になるも、もう国民に失望されたのか、TV局も離れ、「やる気はあるけど、試合を組むお金が無いので引退するしかない」と。王者(試合が組めなくて「休養王者」扱いだった)のまま引退。こんな悲しい引き際って…。

今後のスター候補は

今後で言うと、そりゃアンタこの人っすよ、リオ五輪スーパーヘビー級金メダリストのトニー・ヨカ!この五輪では彼女のエステル・モセリーも金!ボクシング史上初の同大会金メダリストカップル!二人の間には息子もいてダブルゴールドサラブレットやん!是非将来ボクサーに育ててほしい。ヨカはプロ入り後も順調にキャリア重ねてます。2023年くらいには世界戦線に絡んで来そう?…と、思ってたら、最新試合(2022.5.15)で世界ランカー相手にダウンを奪われて判定負け。この初黒星を糧に成長して戻って来てね、ヨカ。

そんなこんなで移民や帰化する選手もいて軽量級から最重量級まで幅広く選手がいるし、歴史的に格闘技に馴染んでる国民性。これからもフレンチボクシングに注目やっ!

ではまた!

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