本の方舟 第三回「<あの絵>のまえで」

ページを開けて、言葉と言葉を繋ぐと、
知らない世界の扉が開く。
行きたい所へ、いつでも行ける。

第三回
原田マハ著「<あの絵>のまえで」
幻冬舎
 
 

 唐突だけれども、今更ながら司馬遼太郎の書いた時代小説に出てくる人物像が凄いと感心してしまう。時代小説は当然、登場人物の伝記を基本として史実に添い人物形成をしている。だけど彼の書いた人物像は史実を遥かに越えてしまう魅力がある、彼の「この人物はこのようにあって欲しい」との願望がそうさせるのだろう。
 私自身も中学生のときに「竜馬がゆく」を読み、その魅力の虜になった。もちろん、「龍馬」ではなく「竜馬」にだ(笑)。書き手によって史実の人物の魅力を倍増させられる作家は少なくなったような気がする・・・気のせいかな(笑)。SNSをつかえば、一瞬にして誰でもリアルタイムで世界を感じれる時代だ、史実を元に物語を書くより完全なフィクションのほうが書きやすい時代なのだろうか? だがそんな時代に、それをいとも簡単にやってしまう作家があらわれた。それが原田マハさんだ。
 彼女の作品を読んだ方はご存知だと思うが、ラブストーリーで賞を取り、コメディタッチ、ミステリー、現在公開中の「キネマの神様」など幅広く筆を走らせ私たちを楽しませてくれている。その中でも、私が楽しみにしているのは、やはり美術芸術家ものだ。
 『ジヴェルニーの食卓』では近代西洋美術を舞台とした「マティス、ドガ、セザンヌ、モネ」四人の芸術家を、近くにいた女性の目線で描いた短編四作品を収録している。題材になっている『ジヴェルニーの食卓』の読後は、まるでオランジュリー美術館に収蔵されている『睡蓮・2本の柳』の絵の中に入り、モネが語りかけてきそうな気がしする。
 また、ゴッホとテオ兄弟、世界に日本美術を広めた林忠正と加納重吉の物語を描いた『たゆたえども沈まず』では、ゴッホの絵を高く評価する二人の日本人と弟テオの愛情の中で、画壇から評価されないことに葛藤し行き場をなくしていくゴッホと、その姿を見つめる、それぞれの登場人物の心理を細かくリアルに描かれている。
 『美しき愚かものたちのタブロー』では、明治に日本初西洋美術館を作ろうとした西洋美術コレクター・松方幸次郎と晩年のモネが久しげに談笑するアトリエでのシーン、本当にこんなことがあったのだろうかと思ってしまう(笑)。ぐんぐんと物語の登場人物の中に引き込まれていく有様だ。
 どの作品からも、彼女の美術愛がひしひしと感じられ、彼女の創造創作により芸術家の伝記を越えて、さらに魅力的にしている! 文字で書かれている「絵画」が色鮮やかに映し出され、まるで美術館の静寂の中、作品を前にしているようなのは圧巻の文章力だ。
 読み終えると、やはりリアルにランジュリー美術館などに行きたくなる、コロナ禍の世界では、まだまだ渡航は難しいのが残念。
 でも、安心あれ! ちゃんと日本の美術館(所蔵絵画)をテーマにしている短編集『<あの絵>のまえで』があります、読んでから美術館に行くも良し、美術館に行ってから読むも良し。どちらでも楽しむことができる。まん延防止が解除になれば、まずは大原美術館にでも行きたい。
 彼女こそ、平成・令和に現れた、芸術時代小説の司馬遼だ!
 
 

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※表紙カバーは大人の事情でお見せできません。残念ですが・・・

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「<あの絵>のまえで」 幻冬舎

〈あの絵〉のまえで
詩帆17歳の誕生日デートは岡山の「大原美術館」、ピカソ〈鳥籠〉のまえ。それからふたりはいつも一緒だった。けれど、彼は今日旅立つ。 (「窓辺の小鳥たち」) ある少女に導かれるように会社と逆方向の電車に飛び乗った私。箱根「ポーラ美術館」のセザンヌ〈砂糖壺、梨とテーブルクロス〉のまえで夢を諦めた記憶が蘇りーー。(「檸...
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