世界拳闘紀行 第四回 キューバ後編

WORLD BOXING JOURNEY

文:コビトロック
イラスト:kimura

拳闘紀行第四回
他国の幸福を他国の物差しで計ってはいけないと思うけど

 最も成功した社会主義国といわれるキューバ。国民の生活は豊かなのだろうか。住んでる訳じゃないので実情は分からない。目にする映像では安定した生活を送っているようにも見える。資本主義国の情報を外部から遮断! て訳でもないらしいし、逆に国の現状を秘密主義で隠しまくってる訳でもない感じ。かといって贅沢な暮らしが出来る訳でもないだろう。まぁ世界で見れば裕福な日本の贅沢や幸福の概念で彼らを計るのは違うだろうし、あくまで日本やアメリカと比べると…です。

 ただ取材で現地に長期滞在した人に直接聞くと、アメリカとその豊かさに人々は憧れているらしい。おおっぴらに口には出せないけど。

キューバアマボクサーの現状の生活は?

 社会主義国のスポーツエリートである、国民の英雄の金メダルボクサーはそりゃ超セレブ待遇? と思いきやそうでもないみたい。ボクサーの暮らしぶりでいえば、まず練習するジムの設備。これがビックリするくらい古い。悪い言い方するとボロい。あの世界トップの天才達がこの環境で? と訪れた外国人は皆思うらしい。ま、ジムのボロさと強さは必ずしも関係ない。名王者が練習するタイのジムでも信じられないくらいボロかったりする。

 ボクサーは金メダルを獲るとクルマが貰えるって話もある。そりゃベンツにポルシェに…と思いきや、中国製チャリンコだった。みたいな92年バルセロナ五輪で金メダルのホエル・カサマヨールの逸話もある。

 実際生活は保証されているし、引退後はコーチの仕事等に就ける。ただ、メキシコ湾を隔てた向こうの国の王者達が得るモノはキューバでは永遠に手に入らない。そこで国と家族を捨ててまで2つの拳の可能性に人生をかけて海を渡る男達が後を絶たない。

ゲバラ
リゴンドーがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!

 スピード・テクニック・距離感・カウンターセンス・パンチ力、全てに恵まれキューバボクシング最高傑作といわれる天才ギジェルモ・リゴンドー。04年08年とバンタム級で五輪連覇、3連覇を期待されながらも名誉よりも報酬を求めて07年に亡命……に失敗、当然のように代表から外され失意と監視の日々を送るも、再度09年に執念の亡命成功! そしてアメリカでプロ転向後たったの1年半7戦目でSバンタム級世界王座獲得!

 とんでもねえ化け物が現れた! と世界が沸騰!…はしませんでした…。社会主義国で育ったからか、プロ興行というか資本主義を理解していないのか、彼は観客をエンターテインする意味も価値も認めないのです。

 徹底したリスク回避の打たせない・打ち合わないカウンター狙いのボクシングで完全に相手の光を消して塩漬け完遂。これじゃ人気出ないし対戦したがる選手もいません。「ボクシングという芸術を極めている自分の何が間違っているのだろう…」彼のぎこちない笑顔は、アメリカでの孤独と無理解に居場所を作れぬ自分に対する自嘲に映るし、祖国を捨てても自分は変えられない不器用さには哀愁を感じる(だから惹かれる自分のようなファンもいるのだが)。

強い奴に勝った方が強い。でもそれと人気は別

 そんな中、同時代に閃光の異名通りに眩い光を放つスターがいた。人気・実力ともに絶頂のフィリピーノフラッシュ、ノニト・ドネア。4階級を制覇(後に5階級)したドネアの試合はスピードとアクション満載である意味リゴと対極。2013年4月に念願かなってドネアと対戦。ここでもリゴは一切空気を読まず、ブーイングの量に反比例してどんどんアクションが少なくなる。判定勝ちで階級最強を証明するも、エキサイティングじゃないとしてテレビ局やプロモーターから苦言を呈される。そのテレビ局主催の食事会にも王者の中でリゴだけ招待されず…。

 その後、2014年大晦日に天笠尚と対戦する為に大阪にやって来たのだ。生リゴンドー! 当然観に行きましたわ(因に前日はナルバエス井上を観戦。特濃至福の2日間)! 試合自体は7回にリゴが2度のダウン! そう、時々気を抜いたかのようにダウンするのもリゴ。そこで気を引き締めたのか、その後は鬼反撃で11回終了時に天笠が棄権して試合は終わった。

キューバ
ノット・アフレイドじゃねえよ!斜め上に喧嘩売った結果…。

 戦う相手がいない。というより手を挙げてくれる相手がいないリゴは何を血迷ったか、自分と同じく08年、12年の五輪連覇者で2階級上のSフェザー級王者PFP1位のワシル・ロマチェンコに喧嘩を売り始める。俺はお前を恐れちゃいない! と「#notafraid」なるハッシュタグでツイッター投稿を始める。最初はロマチェンコも「何言ってる?」だったものの試合は決定。

 肝心の試合はロマチェンコのテクニックとやはり対格差に完封? と思われた矢先の6回終了時に唐突に棄権。手を痛めた?! どのタイミングで? ある意味リゴっぽい結末? ともあれ初黒星で「人気ないけど無敗」というブランドすら手放す結果に。

どこへ行くリゴンドー…。

 そして近年は1階級下に井上尚弥という軽量級では金の成るメガスターが登場したことにより、階級を下げ他団体王座を獲ってまでして喧嘩を売りに来た。井上vsリゴンドー! そんな対戦を観たいのは日本でも少数派だぞ!(筆者は観たい)

 その井上戦争奪杯とも言える、WBO王者ジョン・リエル・カシメロとの一戦。いつもに増して手数の少ないリゴ、カシメロも追いきれず手数が少ない。ヒットパンチ数がカシメロは47発、リゴは44発で、合計的中パンチ数が91発という数字は統計史上最低の数字だったという。

 もう退屈すらとうに通りすぎて、ボクシングの意義を問い直すどころじゃなく、人類とは、世界とは、宇宙とは、森羅万象を観る側に問いかける哲学に映りました。「リゴンドー=哲学」結論はこれ。
あ、試合はリゴの判定負けでした。試合結果が霞むレベルのある意味歴史に残る試合。

キューバ
勝手に作ったブツをリゴに見せてみるの巻

 実は筆者、このリゴンドーが好きでマグネットシールやTシャツを遊びで自分用に結構作っているのである。

リゴンドー tシャツ
リゴンドー tシャツ
リゴンドー ウルトラセブン
ウルトラセブンパロディでリゴンドー。ウルトラマンは地球では3分しか動けないがリゴは12R36分間完走がデフォだぜ。
リゴンドー キャップ
勢い余って作ったキャップ。

 ある日、ボクシングファン仲間の友人から「リゴ、日本にファンが多いの知ってるから画像送ったら絶対喜びますよ!」と言われ、メッセージをGoogleで英語変換し(リゴはスペイン語圏だし英文も間違っていると後で言われたが)ツイッターで送ったった(もし怒られたら「あくまでファン・アートですねん。個人で楽しんでるだけですねん…」と言い訳考えながら)。

リゴンドー ツイッター

すると…
……
………
…………

リゴンドー ツイッター
リゴからの御リプ
リゴンドー ツイッター
リゴの引用御RT

何ぃっ!!!!

 日本語でリプ(&引用RT)!!うひょー!!海外の選手が日本語でリプくれるなんて!気難しい選手って話聴いていたけど、ファンには塩ではなく神対応で更にファンになりましたとさ。

どんだけ作っとんねん

 こういったらなんですが、リゴって創作意欲を凄く刺激される選手。あれこれ作りたくなるのも魅力的な選手の条件?

リゴンドー ロマチェンコ

 ロマチェンコ戦での記念T。二人とも笑顔の写真を元にしたら、全然ボクシングぽくならなかった…バディものコメディ映画かオーガニックな料理を出すダイナーか何かみたいな仕上がり。

リゴンドー ロマチェンコ

 世紀の一戦に盛り上がり、他にも色々作りました。リゴ×デビッド・ボウイの稲妻メイク。
い、違和感しなかいぞ…。

その他にも色々作りました。

リゴンドー マスク
コロナ禍だもん、必須のリゴンドーマスク。鉄壁のディフェンスでウィルスもシャットアウト。
リゴンドー マスク
そしてもう1つのリゴンドーマスク。というかお面。
これ被ったまま田中恒成選手と記念撮影していただいた事もあり(今考えたら失礼な事だ)。
セットアップ
作り過ぎて、気がついたら全身リゴンドーコーデになっている事もしばしば。
アマであんだけ強いもん、プロに来ても一流よ!地味だったりするが

 他にもあまたの名アマボクサーが己の拳の全てをぶつけるべく、亡命して人生かけて夢を追った。
ユリオルキス・ガンボア。バンタムはリゴがいるので五輪では階級下げてフライ級で金獲ったとか。ホンマか?ともあれサイクロンといわれる暴風雨のような連打で身長は低かったが一時期は無敵を誇りライト級まで3階級制覇。試合はエキサイティングだが、金使いもエキサイティングな人らしく、色々と心配だ。

 そうそう、このガンボアのトレーナーも勤めていたキューバ出身の世界的トレーナーがイスマエル・サラス。リゴやリナレスや村田諒太、亀田和毅など数多くの王者を指導した超名伯楽。井岡一翔のトレーナーとしても度々来日、奥さん日本人だし日本でも馴染みの人やんね。叔父井岡がYouTubeで急に電話した時の話の噛み合わさながコントみたいで最高やった。

 リゴと一緒に亡命したエリスランディ・ララ。中量級のリゴみたいなファイトスタイル(褒め言葉)で地味強として絶賛不人気。とある試合ではララ側のみ体重制限申し付けられたり、リングサイズが標準より小さかったり(アウトボクサーのララには不利)余計な苦労が多い。判定に泣かされる事もしばしば(カネロ戦はララの勝ちという意見も)。今はミドル級で一応王者なのに、ゴロフキンや村田と絡むかもって話は全然聞かない。

 本当は50才説?もあるキングコングことルイス・オルティスはヘビー級らしからぬスムーズなボクシングで暫定ながらヘビー級タイトル獲得。負けたけどワイルダーとの2戦は途中まで有利に試合を進めて実力を証明した。

 その他、パッキャオに引導を渡した(21年12月現在)ヨルニデス・ウガスなど、まだまだ人材の宝庫。皆プロ転向してもジャブと距離感を重視した美しいボクシングを展開する選手が多い。あと一般受けしないリゴ味がする選手も多い?

キューバ
今後のキューバボクシング界は…?

 アマボクは旧ソのカザフスタンやウズベキスタンも強豪とは言え、まだまだ全階級に渡ってキューバ帝国は揺るぎないだろう。そして、プロでの成功を求めてアメリカへ渡る選手も後を断たないだろう(2015年の米との国交正常化以降も亡命してプロデビューの選手がいる…このあたりの事情は簡単には解決しないのだろう)。打たせず打つ美しい教科書のようなボクシングに、生まれついての才能の塊のような身体能力を合わせ持った選手の宝石箱、キューバボクシングから今後も目が離せないのだ。

てな訳でそれではまた次回っ!

前編はコチラ〜っ↓

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