ソノひびヨリ

途中、目的の「千歳渡船場」まで歩いてみたけど、船を使うのが正解と気づいた・・・。
大阪市内に八つ残る「渡し船」、全制覇旅の二回目(二日目)です。旅の始まりは前回と同じく、大阪メトロ・四つ橋線「北加賀屋」から徒歩で「木津川渡船場」に向かいます。二度目なので道も迷わずなれたものです(笑)、すんなり定刻の前に着いたので今日は待合室でのんびりと渡船を待ちました。
二〇分ほど待てば、定刻通り渡船が到着、本日も良い天気で「新木津川大橋」のアーチが映えますね!


下・簡素な待合室。気持ち良い朝の光に包まれて、他に利用者も居ないのでのんびりできました。


下・乗船時間・約二分三〇秒で大正区に渡りました。
大正側に到着、本日の目的「千歳渡船場」へと向かいます! 本来なら「船町渡船場」を利用するのが良いのだけれど、前回に乗船したので徒歩で向かうことにしました、大正区の町並みも見てみたので。
「木津川渡船場」大正側乗り場すぐに、「新木津川大橋」のループ状スロープがあります、これを間近でみて右折です。真正面には中山製鉄所があり、道なりに(左折)約二〇〇mで「船町渡船」が運航している「木津川運河」があります。ここには運河を渡す「大船橋」が架かっているんですが、「船町渡船場」からここまで一キロ弱です・・・、日常利用にこの橋まで迂回するのは面倒ですよね。実際に歩いたからこそよく分かりますね。
「大船橋」を渡り、交差点を左折「大正通り」に入り、そのまま直進一キロ弱。「鶴町二丁目」の交差点(この近くに大正側の船町渡船場があります)、ここを右折八〇〇m程でまた右折すれば、目的の「千歳渡船場」に到着です。ここまで距離が約三キロ半で歩行時間・約五〇分でした、まぁまぁな迂回でしたね(苦笑)。
一度無くなった橋が復活、それでも残った「千歳渡船場」
「千歳渡船場」は、大正区鶴町四丁目と大正区北恩加島二丁目の岸壁間三七一m間を運航していて、一日平均五〇〇人弱が利用しています。この千歳渡し船の始まりは、一九五七年(昭和三二年)に「千歳運河」に架かっていた「千歳橋(旧)」が撤去さ、その代わりとして渡船運行が始まりました。その撤去した「千歳橋(旧)」には、大阪市電も走っていた主要道だったそうです。思い切ったことをしますね。
その後、二〇〇三年(平成一五年)新しい「千歳橋」が完成、それでも渡船は現在継続運航されています。当然、地域住民にとって便利だからでしょうね。

右・鶴町側の待合室です。平日の朝夕以外は二〇分ごとの運航、最終便は一九時台でした。


平成に完成した「千歳橋」は、「トラス橋(三角形に組んだ鋼材の骨組み)」と「アーチ橋」のハイブリッド橋です、海面からの高さが二八mで鮮やかなブルーが美しい橋です。
三分弱の航路、船窓からの風景は見応え充分です! 西側(大阪湾)を見れば二つの橋が! 手前が「なみはや大橋」、その奥の赤い橋が「阪神高速湾岸線」の「港大橋」です。川の奥に対象物があるので撮影ポイントとしておすすめです。


下・北恩加島側の乗り場に到着。三分の船旅を楽しみました。
子供たちの賑やかな声で感じる、生活必須航路「甚兵衛渡船場」
北恩加島二丁目から次に向かうのは、一キロ半(歩行時間・約二〇分)北方向にある「甚兵衛渡船場」です。先ほどまでの工場地帯の景観が一転、緑地公園がある住宅街に様変わりです。大浪通りを一キロほど進んで左折、直進すれば「尻無川」の河口部分に到着。佐川急便の営業所の向かいに「甚兵衛渡船場」乗り場がありました。

下・やはり、少しスロープを昇りますね。海抜が低いんですよ。

この「甚兵衛渡船場」は、大正区泉尾七丁目から港区福崎一丁目までの「尻無川」岸壁間九四mを結ぶ航路です。利用者数が多く、一日平均で約千人も利用者がいます。住宅が多く住民の生活の足として利用されているようですね。私が乗船した時も、若いお母さんたちが子供を連れて船に乗って来ました、航行中の船内は賑やかな保育園のようでした(笑)。対岸までの渡し時間は一分ほどで到着です。
「甚兵衛」の名の由来は、その昔、甚兵衛さんという方がこの「渡し」をやっていたそうなのです。そこからこの「甚兵衛渡船場」の名が残ったようです。その時代の「尻無川」の堤は紅葉の名所で、渡し乗り場にあった茶店「蛤小屋」と呼ばれて、蛤を賞味する人が絶えなかったと伝わっています。今も昔も賑やかな渡し場だったんですね。


渡船の最後には、大阪観光スポットをも繋ぐ「天保山渡船場」
賑やかな渡船時間を過ごし、港区側に到着しました、残すは本日最後の渡船「天保山渡船場」へ向かいます。「甚兵衛渡船場」港区側を降りて目の前の「福崎住吉神社通り」を北西に向かい約八五〇m進むと、国道一七二号線にぶつかります、ここを左折してほぼ直進で二キロ半ほど進めば到着です。徒歩時間は約五〇分、交通量も多くて歩いていてもあまり楽しくないです、国道一七二号線合流ポイント近くに大阪メトロ中央線「朝潮橋」があるので、次の駅「大阪港」まで乗車がおすすめかも。

下・案内板の指示に従い歩いて行けば「甚兵衛渡船場」が見えて来ました。
渡船場のあるこの辺りは、大阪ウォーターフロントの観光エリアで華やかな場所です。そのエリアに「日本一低い山」で知られる「天保山」がそびえています(笑)、そのすぐ近くに「天保山渡船場」があります。この渡船は「安治川」を挟んで「港区築港三丁目(天保山)」から「此花区桜島三丁目」を結ぶ岸壁間四〇〇mと長い長い航路です~。航路の船窓も良く、天保山側には「海遊館」や「天保山大観覧車」を海から眺めることができ、風景の良いアクセントになる撮影スポットですね。それと、西向きに河口が広がり人工島などの障害物が少ないので、大阪湾を眺めることができなかなかの絶景ですよ!!


船窓を楽しむこと約三分で此花区桜島側の乗り場に到着。すぐ近くには「リーベルホテル大阪」があり一キロほど歩けば、夢の国?の入口!「JRゆめ咲線・桜島」、すなわち「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」のお膝元の乗り場なのです。
その待合室に入れば多国籍の利用者が大勢、出港時間を待っていました。どう見たってインバウンド客には見えず、彼の話を聞いていると「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」で働くキャストさんだったようです。


このようにキャストさんが多く利用している姿を見れば、この渡し船も有効的に活用されているようですね。渡船の歴史も古く、明治後期に始まり一度は航路を変更したようですが、昭和元年には現在の航路に戻りました。最盛期の昭和四二年には、一日平均千七百人もの利用者がいたようです! 現在は一日約八五〇人の利用者です、最盛期の約半分ですが大健闘の利用者数ですよね!
次から次にやってくる外国の方々に驚きつつも、乗り場でゆったりと時間を過ごしました。なぜかと言えば、先ほどの船窓風景があまりにも良かったので、夕暮れ時間に合わせ天保山側に戻りたいと思い、乗り場で時間調整だったのです。


空の色と太陽の角度を気にして乗り場で待つのも、なんだか大阪市内にいる感じがしません、とても旅情感のある時間を過ごせましたよ! 待つこと一時間ほど、西の空に怪しげな雲が流れ込んできた・・・。そろそろ潮時だ、空の色も黄金色に染り良い頃合いなので、本日最後の渡船へと乗り込みました。
いかがでしたか? 大阪市内に現存する渡し船、意外にも日常の風景の中に溶け混んでいるのに異空間な感じが、とても新鮮で驚きもありました。その昔、大阪が「水の都」とも謳われていた片鱗が少し分かったような気がします。この「渡し船」は生活インフラでもあり、今後の大阪ロートル観光(珍スポツト)の象徴にもなりそうな観光資源です! 今後も永続的に運行をして欲しいですね、決して産業遺産などにはならずにね。とにかく一度、乗船してみてきださい!



