旅を始める前に リレーエッセイ第十五回<後編>

まだまだ、ある山上近くの「御陵」
前回から引き続き、翁の話に耳を傾ける。お酒の杯が進むほど饒舌になり、印象に残っている天皇陵を次々に語ってくれる。
翁 他にもあるんだよ。「五二代・嵯峨天皇、五六代・清和天皇、九六代・後醍醐天皇」の御陵とか。
編 出てきますね(笑)。では、掻い摘んでお話しください。
翁 掻い摘んで話すなどと、不敬なヤツだな(笑)。
この3つの御陵も山の上にあり、とにかくよく歩いた・・・。登りも嫌なんだけど降りがね、翌日に膝がやられてガクガクするんだよ(苦笑)。それと春から秋にかけての山道は野生動物と遭遇するかもしれないから、神経を研ぎ澄まし気をつけたよ。
編 確かに近年、人里にも野生動物がよく現れていますよね。何か注意していたのですか?
翁 まぁ、お守りのつもりで熊よけの鈴を付けて、出来るだけ音を出して歩いたね。参拝者がいない所では大きな声で「なんだ!この登りは!」「なんなんだ!この道は!」と愚痴りながら歩いたよ。たまに人がいて恥ずかしい思いもしたけどね(笑)。今では良い思い出だ。

下・ただ、登り終えたら絶景を拝める。眼下には終の住処となった「大覚寺」。

下・いつどこからでも熊が出てきそうだった御陵・・・。

下・境内で参道を発見するも、上りだった「九六代・後醍醐天皇陵」。
良い行いが、良い写真を呼ぶのだ。
編 ここで、やっぱり翁は写真家なので「あっ、これよく撮れたなぁ!」と思えるベストショットを教えてもらえますか? なかったらいいんですけど(笑)。
翁 あるに決まっているだろう!! 本当に失礼なヤツだ。
そうだな、真っ先に頭に浮ぶのが「五〇代・桓武天皇陵」、夏と冬に二回参拝しているんだけど、雪の御陵の静謐感は格別だった! ほとんど踏み荒らされていない雪の参道が美しく、白い雪に覆われた玉垣は今も忘れられない。
前日の天気予報で雪が積もることを予測して、酒も呑まずに早寝した甲斐があったよ。朝早く御陵に行ったおかげでいい写真が撮影できたんだ。



翁 それと奈良県の明日香村にある「二九代・欽明天皇陵」。この御陵への出発が野暮用で遅くなり、近鉄吉野線「飛鳥」に着いたのが16時くらいだった。冬の日落ちは早いので、駅から息を切らし早歩きで向かったのよ。本当に時間に焦った(笑)思い出のある御陵なんだ。
編 日落ち時間が迫っているのに、走らなかったんですね。夕方近いから呑んでました?
翁 呑むわけないだろうが! もういい! 話を戻す。
駅から7分位で集落に着き、ミカン栽培をしている丘があって、その農道なたいな参道を上って下れば御陵に着いたけど・・・。
光は射してなくベタな風景が広がるだけ。「あ~ぁ」と思いつつも暫く待つことにしたんだよ、そうすれば雲の下から夕陽が差し込んできたんだ~! 日頃のおこないが良いからご褒美が舞い込んだ。

編 確かに、とばりが落ちたような暗さですね。この写真を見たら別日に再訪になりますよね。
翁 そうなんだ。もう一度言うが、日頃のおこないが良いから次の写真が撮れたんだよ!
編 ・・・。
翁 君は絶対に褒めないな・・・。


翁 最後は御陵と言うんじゃないんだけど、印象に残った御陵で紹介した「六代・孝安天皇陵」訪問の時に出会った近所の家族のカット。
この時、水(ペットボトル)を飲み切ってしまいヘロヘロの状態だったところ、同年代の女性の方に声をかけていただきお水を飲ませてもらった。酒ではないぞ!
「ごろごろ水」という名水を。
編 親切にしていただいたんですね(笑)。で、珍しく人絡みの一枚なんですね。人を入れたカットを、面倒くさがりの翁が撮るなんて驚きですよ(笑)。
翁 別に面倒くさいわけじゃないの、ただ、声を掛けたり断ったりするのが煩わしいだけなんだ。
編 それを「面倒くさがり」と言うんですけど・・・。

「ごろごろ水」とは、洞川温泉郷から大峯山の登山口参道沿いの五代松鍾乳洞付近の石灰岩相か湧き出す水。その名称は、役行者が大峯山より降り立った時に、この場所で水を飲んだ。その時、洞窟の奥より小石が転がるような「ごろごろ」と音が聞こえたことから名づけられた。

※個人のプライバシー保護のため顔にはボカシを入れさせていただきます。
過去から続く時空の旅は、未来永劫に続く
編 長い時間、いろいろとお聞きできましたが、そろそろ締めましょうか。
翁 まだ話すことが沢山ある、その上、まだまだ呑み足らんからもう少し話をしよう。
編 いえいえ、もうこの辺で終わらさなければズルズルと行きそうで。最後に、歴代天皇陵の全撮影を終え(追尊天皇、追号天皇の御陵も訪問済み)、翁の次のテーマとかあるのでしょうか?
翁 なんだか、強引に閉めようとしているな、まぁいい。五十台の半ばに伊勢神宮関係の仕事をしてから興味を持ち始めて天皇陵を巡り出した。最初は名前すら知らない天皇がおられた、読み方も分からず右往左往していたのが昨日のことのように思う。
今は少しずつだけど理解していってるつもりなので、再度巡りもっと深く「天皇」の在り方を理解していきたいとも考えているんだよ。それが日本という国をもっと知ることだと思える、まだまだ、時空の旅は未来に続くのだから。この肉体が滅びても、恒久なものとして残り続けるだろう。
2600年を遡る時空の旅の終わりが、始まりだった。
