天皇陵

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第一四四回 飯豊青皇女(飯豊天皇)
青海神社 <後編>
天皇陵・外伝編-05

今回の天皇御陵踏破の旅・外伝は幻の女帝「飯豊天皇」を追いかけ、福井県大飯郡の神社にたどり着く。JR西日本小浜線「三松」駅より約1kmに「飯豊天皇」を祭神と伝わる青海神社が鎮座。国学者・本居宣長の古事記伝に『履仲天皇の皇女または孫と言われる「飯豊青海皇女」を祀る』と記され、祭神として加わった。
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第一四三回 飯豊青皇女(飯豊天皇) 忍海角刺宮跡 <中編>
天皇陵・外伝編-05

今回の天皇御陵踏破の旅・外伝は幻の女帝「飯豊天皇陵(埴口丘陵)」より一駅隣の「忍海角刺宮跡」に建つ「角刺神社」へ参拝。「角刺(つのさし)神社」は、「飯豊青皇女」が在位しない天皇の代わりに政を司った「忍海角刺宮跡」と伝わっている。その跡地に「角刺神社」が鎮座している。
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第一四二回 飯豊青皇女 飯豊天皇陵(埴口丘陵) <前編>
天皇陵・外伝編-05

墳丘長が約90mの大きさ、やはりここは幻の女帝の御陵。その御陵に眠るのは、五世紀末の皇族で履中天皇の皇女、孫とも、また市辺押磐皇子の王女とも言われている飯豊青皇女(飯豊天皇)。奈良県葛城市北花内、近鉄御所線「近鉄新庄」下車、約600m、徒歩8分。
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第一四一回 市辺押磐皇子 市辺押磐皇子塚(福井県) <後編>
天皇陵・外伝編-04

播磨国風土記には「市辺天皇命」とされている「市辺押磐皇子」。三つ目の墓は、福井県の山中の「市辺押磐皇子塚」へ。近江地方と若狭地方の境となる三国峠の北西近く、福井県大飯郡おおい町名田庄村挙原にある。挙原は、昭和48年まで挙原村と呼ばれていたが、廃村となった場所。
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第一四〇回 市辺押磐皇子 市辺忍歯別命山陵(熊の森古墳) <中編>
天皇陵・外伝編-04

播磨国風土記には「市辺天皇命」とされている「市辺押磐皇子」。江戸時代に治定された、もう一つの墓「市辺忍歯別命山陵(熊の森古墳)」に訪問。ここは前方後円墳の可能性があると書かれている、周囲をぐるりと廻ってみたが分からない・・・。最寄駅は近江鉄道・八日市駅下車、約4km。
天皇陵

第一三九回 市辺押磐皇子 磐坂市辺押磐皇子墓 <前編>
天皇陵・外伝編-04

播磨国風土記には「市辺天皇命」とされている「市辺押磐皇子」。宮内庁、治定の東近江市市辺町「磐坂市辺押磐皇子墓」へ参拝。この皇子は、父に「一七代・履中天皇」、子に「二三代・顕宗天皇、二四代・仁賢天皇」を持つ五世紀頃の皇族と伝わる。
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第一三八回 莵道稚郎子の墓 朝日山山頂 <後編>
天皇陵・外伝編-03

今回の天皇陵外伝は、前回に引き続き莵道稚郎子の「もう一つの墓」へ向かいました。その墓は、江戸時代中期、記述に基づき「朝日山」の山頂が墓所と見なされ、享保一八年に墓碑の建立が行なわれたと伝わっている。「さわらびの道」から「大吉山遊歩道」に入り登山道が始まる・・・。
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第一三七回 莵道稚郎子 宇治神社・宇治上神社 <中編>
天皇陵・外伝編-03   

今回の天皇陵外伝は、前回に引き続き菟道稚郎子の足跡を辿る旅。宮居を河内の国から菟道(うじ)に移すした皇子、その皇子を祀る宇治神社と二社一体の宇治上神社に参拝。この宇治上神社の御祭神に左殿「菟道稚郎子」、中殿「応神天皇」、右殿「仁徳天皇」の三柱が並んで祀られている。
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第一三六回 莵道稚郎子 宇治墓 <前編>
天皇陵・外伝編-03

播磨国風土記には「宇治天皇」と記されている「莵道稚郎子」の「宇治墓」に参拝。日本書紀では、父・応神天皇の寵愛を受けて立太子されるも、異母兄の仁徳天皇に皇位を譲るべく自死したと伝わる。その墓は明治22年に丸山古墳に治定され宇治墓となり宮内庁の管理下に入った。
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第一三五回 神功皇后 狹城盾列池上陵  山陵八幡神社<後編>
天皇陵・外伝編-02

今回の天皇陵外伝は、前回に引き続き神功皇后を祀る「山陵八幡神社」に参拝。この神社は祭壇のよう御陵前に鎮座している。全国にある「八幡神社」の主祭神は「応神天皇」だが、この「山陵八幡神社」の主祭神は「気長足姫命」すなわち「神功皇后」だった。
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