旅を始める前に
日々の暮らしの中で、「これは旅だ」と初めて認識したのはいつ頃だっただろうか・・・・。
子供の頃にむやみやたらと知らない道を歩き、家にたどり着けるか着けないかのドキドキ、たどり着けた時の達成感と征服感、あれが旅初めだったのだろうか。
少年期には、そこら中にテントを張りキャンプをして怒られたり(火を起こすからだ)、反抗期には家出という旅もした。この時も星空をみつめ「旅だよなぁ」とつぶやいた(今考えると生意気なクソガキだ)。
青年期に入ると車という、自由気ままに動け、走る住居を手に入れて、寝袋と鍋と登山用コンロを積み込んで、夜中からうろうろと出かけて行った。なんといっても時間に縛られない気楽さが気に入っていた車中旅だった。
でも、そのうちに「それも何か違う」感じがしてきて、ついに野外道具を担いでその辺の道から徒歩旅を始める始末だ。テントは持たずに寝袋のみで雨をしのぐ為に橋の下で野宿、今考えればむちゃくちゃだなぁと笑える旅だ、名付けてルンペン旅(楽しかった)。社会人になっても賛否両論はあったがルンペン旅は続けた。
そうこうしている間に少しは大人になり、仕事で国内外の旅にも出るようになり、気づけば「いろいろ行ったなぁ」と感慨にふける歳になっていた。考えれば「どれもこれもいい旅」だった。初めて行く場所、初めて感じる空気感、初めて出会う人々、何代も繋がる地域の伝統などにふれあうたびに毎回『これが旅だなぁ』と思ってしまう。
まだまだ、旅は続く予定だが(笑)。
いつの日か時間があれば「旅」の整理をしてみようと思っていた、それがコロナ禍の今だ、時間なら売るほどある。
どうせやるなら、週刊新潮の伝説の編集長・齋藤十一の言葉のように『雑誌を作ることとは、他人のことを考えていては出来ない。いつも自分のことを考える。俺は何が欲しいか、何がやりたいかだけを考える。これをやればあの人が喜ぶ、あれをやればあいつが気に入るとか、そんな他人のことは考える必要はない』。私はそんな冊子を作り出したい!極私的な得手勝手自由気ままに偏重偏愛なんのその、私だけの「旅の記」を綴ることをここに宣言をしておく、それがこれから始まる旅の話しなのだ。
表題は「ソノひびヨリ」。「その日」は現在・過去・未来のすべてを言い得ている気がする、永遠に繋がる時間の帯に存在する「その日」。
もちろん、「その日」の日和はいいに決まっている。
そんな日々の話しを始めよう。必要なものだけを背負って、旅に出よう。(記・コロナ禍の日々より 藤川 貴史)
写真:沖縄県八重山郡 鳩間島より西表島を眺める
2006年・オーストラリアから11日間の撮影を終え、荷を解かずに関空で乗り継ぎ石垣空港へ、石垣市には目もくれずにそのまま離島桟橋より鳩間島に着。
超大きな島(大陸だが)から極小の島(島民46人)に来たく成ったから来た次第だ。
文・藤川貴史 写真・赤木賢二
Tシャツ5,600円、ハーフパンツ14,500円(パタゴニア)
カメラバックパック28,600円(モンベル)
コウモリ傘1,200円(スーパー金城・石垣登野城店)
島ゾウリ300円(西表島・玉盛スーパー)