還暦前、写真家の「写して候・寄って候」 天皇御陵踏破の旅
平安時代<前期>第四五回 五九代 宇多天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみたい。

写真取材 赤木 賢二

大内山陵(宇多天皇陵)

五九代/宇多(うだ)天皇陵
諱/定省 さだみ
在位年/西暦八八七~八九七
陵形/方丘  
皇居/平安京(京都市上京区)※五〇〜八〇代まで同宮

所在地 大内山陵 京都府京都市右京区御室住吉山町
最寄駅 京福電鉄「御室仁和寺」から、参道入口を住吉山・東谷へ、約1,5km・徒歩約30分。

 宇多天皇は、58代光孝天皇の第七皇子ながら臣下に降り、その後、皇籍に戻って21歳で天皇に即位したという珍しい経歴を持っている。その後、31歳で皇太子・敦仁親王に譲位して自身は太上天皇となる。また、33歳で出家し初めての法皇にもなった天皇。
 この御陵へ行くには京福電鉄・御室仁和寺駅を下車「仁和寺」を目指す。仁和寺の東側の道を北に進む、すぐに京都府立聾学校がある。そこから1本道で約700m進めば、ヘアピンカーブがあり、2つめのカーブの部分に参道入口がある。
 

仁和寺の東側の道を北に進む、不安になりながら歩くと「ヘアピンカーブ」。
このカーブの途中に宮内庁の案内標識が立っていた。ここからひたすら昇るだけ・苦笑。
御陵は参道から一段下がった所にあった。途中の参道から眺めには、遥か向こうに京都タワーが見えた。

大内山陵

 
 
仁和寺

京福電鉄・御室仁和寺駅の構内から仁和寺が見える近さだ。譲位後、出家し仁和寺第一世・宇多法皇となった。青もみじが美しい。
応仁の乱で全てを消失したが、約160年後に徳川三代将軍家光に再興を申し入れ、正保三年(1646年)に再建完了、創建時の姿に戻ることができた。

 
 
平安京右京三坊北辺並一条跡

平安京の遺構は京都市中にある・・・、ぼちぼちと巡るにかぎる。80代天皇までに行けるだけ行くつもりでいる。

平安京右京三坊北辺並一条跡

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