vol.11 旅を始める前に
50年の「旅」は、感謝の「旅」へ<中編>

旅を始める前に リレーエッセイ第十一回

チャンギー空港
シンガポール・チャンギー空港で

「旅」に魅了された「ルンペン旅」

 高校の卒業を終えた、次の進路も決まっているが・・・、何か物足りないと言うか、分からない焦燥感の様なものが心を支配していた。今で言う「燃え尽き症候群」だったんだろう(笑)。

 そんな17歳の私はある日突然、リュックに寝袋とハンゴウを詰め込み歩き出した目的も無く。約200キロ先の紀伊半島・最南端「潮岬」をゴールとだけして、所持金5000円を持ち野宿をして目指した。後々、考えると「旅」に魅了される切っ掛けとなった名付けて「ルンペン旅」だ(笑)。

 この旅で多くの人の優しさを知った、「紀ノ川」の大橋下で雨をしのぎ野宿の準備をしていた私に、声を掛けてくれてお風呂まで入れて頂いた七曲がり市場のおじさん。漁港のセリがあるピロティーで寝ていたら、起こされタコ一匹をくれた漁師さん。タコを湯がくのが大変だったのも、今ではいい思い出です(苦笑)。また無人駅では、おばさんにみかんや野菜、栄養ドリンクまで頂いたこともあった。こんな体験が後々の自分の人格形成に多いに役立っている、感謝しかないです「みなさま・ありがとうございました!」

ルンペン旅
「ルンペン旅」中、キャノンオートボーイのセルフで撮影。被写体がセンターにこないんだな・・・。
白崎海洋公園
30数年ぶりに歩いた場所に訪問した、和歌山県日高郡由良町の日本のエーゲ海とも称される「白崎海洋公園」。
同じく、すさみ町見老津の「恋人岬」。ここから串本迄の道のりがしんどかったのを覚えている(苦笑)、
ぜんぜんロマンティックじゃなかった岬だ。
潮岬
紀伊半島・最南端「潮岬」にゴールして、向いの紀伊大島に渡った。
島の小学生たちとの記念撮影。

外と内で学んだ4年間

 そんな旅を終えて大学に通い出した、大学はもちろん芸術系の学校だ、進んだ学科は「舞台芸術」。一度、平面世界(表現)から出て能動的表現の総合芸術を体現してみたかった。それと、もう一つの理由は『このまま平面だけをやっていても、前に進めない』、そう思った。

 大学は思ったより拍子抜けだった(苦笑)、廻りを見渡しても「凄いヤツ」はそれほどいない、高校時代があまりにも衝撃的だったからであろう。でも、さすがは芸術大学と感じたのは教授陣はその業界のお歴々が名を連ねている。

 ここでも個性的な「師」と出会えた、中でも印象に残っているのが舞台道具研究を学んだ「K先生」だ。舞台道具研究の授業は実際に舞台セットを造ったり、立て込んだりする実習です。ある日の実習中、「K先生」が私の側にきて『お前には教えない』と一言だけ投げるように言って去っていた・・・。私は「高校時代と同じだ・・・、なぜ世の中にはこんな先生が多いんだ・・・」、学生時代に2度もこの言葉を聞けば、そう思うことしかできなかった(笑)。

 実習(学校)で教えてもらえないなら、実践で覚えてやろうと考え研究室の紹介で「国立文楽劇場」大道具(舞台美術)のバイトをすることにした。とにかく、がむしゃらに4年近く勤勉に「国立文楽劇場」に通った(笑)。

 ここでの体験も大きかった、劇場に足を運んでくれるお客さんは高い木戸銭を払い観劇する、もちろんこの一日を楽しみに来られている。舞台では一つのミスも許されない、もしミスがあっても取り返さなければならない、先輩達には「冷静に大胆にしろよ」とよく言われたものだ。特に勉強になったのは、当時の人間国宝さんと同じ舞台を踏み芝居のお手伝いをしたことだ、「隙のない所作」だけでなく「緊張と緩和」のバランスの取り方は名人芸だった。この「緊張と緩和」は、「どんな芸術表現にもあてはまる」と学ぶことができたような気がする。

国立文楽劇場
国立文楽劇場
青春を過ごした、国立文楽劇場!
心得帳
床本
今から35年ほど前の「床本」と「心得帳」、よく残していたと感心しています(笑)。

 そうして学校と劇場の往復で3年半が経ち、舞台道具研究の授業で卒業公演の制作が始まり、公演の「立て看板」を描いていると「K先生」に話しかけられた。

 『初めてお前を見たときに、こいつ本気(舞台に)じゃないなと思ったんだよ』
『「こいつは腰掛け気分でここにいて、違うことを考えている」だから「お前には教えない」と言ったんだよ。』
「K先生」の失辣な言葉が飛んできた、私は「最後の最後迄これかよ」と思いため息をつく・・・。生理的に嫌われているんだからと諦めの境地にいた。話を聞きながら「溝引き」を使い、出演者名のレタリング作業を進めている私の手元を見て彼は言った。

 『何年振りかに、安心して見られる「立て看」だな。』と笑顔で「K先生」は準備室に入っていった。入学して3年半、この時が彼との邂逅だったんだ。当然、卒業までの6ヶ月間は、過去の時間を埋めるように話をした(笑)。今更ながら思う、私の性根を彼はお見通しだったんだと思う。もう一度、お会いしたいが既に鬼籍に入られている。

大阪平野
この麓の方に母校はある、学生時代はよく来たもんだ。大阪平野が一望できる場所だ。

「表現」とは戦いの日々と教えられた。

 もう一人忘れられないのが、「I教授」だ。「I教授」はYテレビのアートディレクターであり、商業舞台の美術監督などを手がけるステージアーティスでした。この先生は「K教授」と違い、入学当初からよく声を掛けていただいた(笑)。そんな良好な師弟関係の中、ある事件が起きた、時を同じく卒業公演制作の最中に。

 この事件の当事者である私から、その背景にある単位取得のシステムを説明しておきます。私の学科「舞台芸術」には各専攻があり、大きく別けると「演技」「舞踊」の出方と「舞台監督・美術、照明、音響」の裏方の合計5専攻(当時)があった。卒業するには、卒業制作・公演を発表して卒業単位を取得するシステムになっている。だいたい、ここまではどこも同じでしょう。ここからです、「演技、舞踊」専攻の出方は卒業公演に出演すれば卒業単位を取得できます、でも、出方だけではステージは作れない。だから「美術、照明、音響」専攻(裏方)の生徒に協力してもらいステージを成立させます。ところが、卒業公演に参加しても「美術、照明、音響」専攻には卒業単位を取得することができないのです。それとは別に、卒業制作または論文を発表しなければ単位が貰えないのです。

新校舎
数年振りに母校をたずねてみると、奇妙な新校舎が建っていた!

 これっておかしいと思いませんか?(苦笑)、まだ就職活動をしている人もいる、苦学でバイトをしている人もいる、自分の卒業制作に集中したい人だっているのですよ。私などは「舞踊卒業公演」の舞台監督と「演技専攻の卒業公演(芝居)」の美術監督、自分の卒制と3つ掛け持ちの地獄でした・・・

 単位も貰えない上、「演技専攻」の「H教授(当時の学科長)」に「美術・照明・音響プラン」をチェックされダメ出しを喰らうはめになる。単位に反映されない、言わばボランティア的なものなのに「いちいち、なぜ?」教授の顔色を窺わなければならないのだろうと、私の中に怒りが湧いた。後日、私は言われた通りに修正した「美術プラン」を見せ「OK」を貰った。その日の夜から実習室で昼夜関係無く、時間があるときに「卒業公演」の美術セットを作り始めた。

 そして公演前、全教授集合(学科内)の査定ゲネプロ(本番と変らない手順で行う稽古)がやってきた。全てのセッティングが終わり、教授陣がホールに集まり出した、最後に学科長の登場〜。その途端、学科長が烈火の如く怒り出した(笑)。それもそのはず、あの時見せた「美術プラン」とは全く違うセットが組まれているからだ。ホールは静寂に包まれ、助教授たちはオロオロ(笑)、私は笑いを噛み殺すのに必死だった。

 学科長が私の姿を見つけた、頃合いもいいと思い全教授陣に向かって、この理不尽とも言える「単位取得のシステム」を訴えた。話し終えると同時に、学科長が捨て台詞を吐き出て行こうとしている、すかさず『最高の褒め言葉、ありがとうございます!』と言ってやった。学科長が出て行き、その後を追う太鼓持ち助教授陣、その退場を確認して振り返ると「I教授」が直ぐ側にいた。こりゃ、やりすぎたかな・・・怒られると覚悟したら、教授は「ニヤニヤ」して耳元で『好きなことをしろ、責任もったる』と言い教授室に向かっていった。

 この後、学科では大問題になり、私の卒業も見送りになるなどの噂も流れ出した、それは事実だった。卒業単位取得・審議日の夕方、研究室に呼び出された、私的には既に覚悟はできていた。扉を開くと「I教授」がいた、またニヤニヤして『大丈夫やで〜』、『全部が全部、認めてくれへんけどな。演技の教授らも考えてくれるって』とゆるい関西弁で伝えてくれたのだ。

 無事、卒業式を迎え研究室での記念撮影後に「I教授」が『お前、オモロかったよ』と最高の褒め言葉を貰った! 私の大恩人の一人だ、こんな私を社会に送り出してくれたのだから。そんな「I教授」は、昨年2022年2月にお亡くなりになられた・・・。もう一度、お会いしてお礼を言いたかったが叶わない。ただただ、今も感謝して忘れることができない恩師だ。

2時のワイドショー
「I教授」の作品が掲載されている年鑑。
急遽、手伝わされた時のワイドショーの進行台本(笑)。探せばあるものですね。

 余談ですが、この事件の翌年に後輩から話を聞くと「美術、照明、音響」専攻(裏方)が「卒業公演」に参加すると卒業制作と見なし、卒業単位を取得できるようになったと。

 
 
<後編・完結に続く>

下宿長屋
大学時代に4年間を過ごした、農家の納屋を改築した下宿長屋
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