第四七回 昭和カメラ 太陽堂光機 ビューティ・カンター
昭和ガラクタノスタルジー「家のじゃまけモノ」

天袋、家の掃除をしてみれば出るは出るは、あの日のお宝?
誰が行ったか知らないが「旅の土産のキーホルダー」
叱られて、取り上げられた「プラモデル」
勉強用、買って使わず「ヒーローノート」
誰が聴いたかビックスター「昭和歌謡のSP盤」
娯楽といえばプロ野球、知らぬ球団「バッヂ」をつけて草野球
あの頃、
捨てずに残したお宝も、今じゃ「家のじゃまけモノ」

皮のケースが残っている1957年発売の「ビューティ・カンター」

今はもう動かない、父の愛用だった昭和のカメラ。

 今回の「じゃまけモノ」は、亡き父が愛用していたカメラです。もちろん、今は撮れません(笑)、正真正銘のガラクタです。でも、父の形見のようなカメラなので大事に取って飾っています!

 このカメラメーカーは、1920年(大正九年)に神田神保町(東京)で創業したカメラ屋さん「太陽堂」だったのです。戦後、1948年(昭和二三年)に製造部門「太陽堂光機」を設立して、カメラメーカーとして歩み始めたのです。1950年代に「2眼レフのビューティ・フレックス」を発売し、その後35mmのレンジファインダーカメラ(ファインダー内の二重像を重ねてピントを合わせて撮る機能)を製造。その機能を持つカメラがこの「ビューティ・カンター(1957年販売)」です。

なんともカメラらしいフォルムのカメラです。
上からも渋いフォルムですね~。後ろは少し味気ないです・・・。


 このカメラの名前「カンター」は、神田で製造されたから「カンター」と名付けられたそうです(笑)。いやはや、さすがは江戸っ子気っ風が良い名前の付け方ですね! ただ、この「カンター」発売後に製造部門経営悪化のため、カメラメーカーとしては撤退したようです。本体の老舗カメラ販売店「太陽堂」は近年まで営業を続けていたのですが、残念なことに2013年(平成二五年)6月をもって九三年間の歴史に幕を引きました。

製造ナンバーが刻まれています、当時の値段はいくらだったのでしょうか。調べても分からなかったです・・・。
蓋を開けるとこんな感じです、カビが生えていました・・・。


 使い物にならない「家のじゃまけモノ」だけど、捨てられませんね。このカメラを見ていると当時の父の姿が蘇ってきます。休みには家族を置いて、一人でどこかに行く姿を(笑)。母がいつもブツクサ言っていたことも。そんな、本日の「じゃまけモノ」でした。

このアングルがカッコいいかな(笑)。
皮ケースに仕舞うとこのような感じです。皮が劣化してポロポロと崩れてきています。撮影後の掃除も大変だった。
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