旅を始める前に
慰安旅行の思い出は、やっぱり酒なのだ
昨今は、会社の慰安旅行が少なくなったと聞く。僕はといえば、慰安旅行は昭和時代にアルバイトをしていた会社で5回、平成時代に勤務先で3回、合計8回ほど経験している。慰安旅行のいいところは、恥ずかしい思い出ができることだ。後になってから自他共に笑えるからいいのである。
今回記す慰安旅行は、僕が正社員として初めて参加した団体旅行でもあった。残念ながらと前置きするが、どこに行ったのか、さっぱり覚えていない。
もともと、その慰安旅行には、行くつもりはなかったので、前日から同じ課で筋金入りの反会社的な先輩と夜通し飲んでいた。しこたま飲んで、その先輩と僕が当時住んでいたマンションに明け方帰ったところ、なんと、早朝にも関わらず、会社の中でもすこぶる爽やか男子で、かつ面倒見のいい先輩がマンションのエントランスにいたのである。「いやー。たまたま、早うに起きたから、慰安旅行に誘たろうと思って寄ってみたんや。」と、眩しい笑顔で僕に話しかけてきた。
慰安旅行は、事前に参加、不参加を申し入れる。「不参加やったと思うけど?」自分では不参加にしていたつもりだったのだが……。「宮脇くん、とりあえずこっち(僕が勝手に)で参加にしたで、来るやろうと思って」。爽やか先輩は総務課であり、慰安旅行を仕切っていた。その権限なのか、どうなのか不鮮明であったが、新入社員の僕は慰安旅行に参加希望となっていたのである(多分、総務課権力が行使された模様)。
爽やか先輩は、反会社的な先輩に向けても「一人くらい追加で行けるからどない?」と総務課係長の秘めたる力をさりげなく口にしたのだが、答えは「ノーサンキュー」であった。
さわやか先輩に促されるまま、とりあえず僕だけは、慰安旅行に参加することになったのである。
僕がバスに乗り込むと最初に声をかけてきたのは、会社でも酒豪として知られる神咲(仮名)先輩だった。「おーっ。宮脇くん、やっぱりきたんか。まあ、ぼちぼち飲もか。あ、まだあかんがな。バスが動くまでは。ヒッヒー」(笑)とすでに飲む気満々の笑顔がそこにあった。
ほどなく、バスは発車し、忘年会や新年会、花見酒も一緒になったような酒宴が始まった。僕は、ほぼ徹夜で飲んでいたが、やたらとビールが美味しく感じられ、グビグビ飲んだ。「迎え酒旨し!」である。
ちなみに神咲先輩のすごいところは、三十路過ぎにも関わらず営業車をハコ乗りするほどの奇天烈な行動をとるところである。ある日のこと、新米だった僕は、神咲先輩との同行営業で車を運転していた。高速入り口手前の赤信号で停車すると、事件は勃発した。あろうことか助手席に乗っていた神咲先輩が、窓を全開にして、半身を乗り出し「エーちゃん!サイコー!イエーッ!」と叫びまくったのである。なぜそうしたのかは、また別の機会に記そう。
さて、慰安旅行のバスは、早朝の道をスイスイ走る。酒宴もグングン進む。「やっぱり、朝から酒を飲むのはええなあ」と悦に入るのは、神咲先輩で。僕は「そうっすねえ!」と合わせるように返事する。が、高速道路に入ってすぐに、異変は起きた。異変というか、自然の摂理、生物の定め「出物腫れ物、所構わず」という通り、飲んだときに多発する尿意である。僕は、何気なく、爽やか先輩に「すみません、休憩のインターまでどれくらいですか?」と尿意の意味が伝わるように、そわそわ顔で聞いてみた。爽やか先輩は、僕の意を見事に汲んでくれた。バスは出発してから30分もしないうちに最初の休憩を取ることになったのである。神咲先輩は「ビール飲むとでるからなあ! ひゃっはっはっはっあ」と僕のトイレ休憩をつまみに大笑い。
で、あるのだけれども、バスが出発してほどなく神咲先輩が「なんか知らんけど、アレやなあ……。歳とるとあかんわなあ」とポツリと言った。「なんですか?」と僕が聞くと「失敗したわぁ。ワシもさっき、トイレ行くんやった(行くべきであった)……。」と。
しかし、急ピッチで飲んでいたのは、神咲先輩ばかりでなく、他の社員数名も同様であり、またもやバスはインターに突入した。酒宴道中のバスは、トイレ休憩必須と相成った。僕はといえば、迎え酒の効きすぎでゲロゲロゲーの状態になり、車中に響き渡るオエオエ声を連発後、意識がふっとんでしまった。
グーグーいびきをかいていた僕が、爽やか先輩に起こされたのは、日が沈み、宿に到着したときだったと記憶している。
記憶なき行動は恐ろしいもの、どうやら、トイレ休憩を連発したためにバスは、大幅に遅れに遅れ、道中、寄るはずだったアトラクションのいくつかはキャンセルや時短になったと聞いた。どういう理屈か知らないが、その発端となった僕は、トイレ休憩事件の矢面に立った。当時は、大ひんしゅくではあったが、後々、笑い話となったのはいうまでもない。だから慰安旅行はいいのである。団体旅行万歳!
(たのしみワークス主宰 宮脇 茂雄)
<写真1>
オーストラリア 西オーストラリア州
世界遺産シャークベイに向かう道中に出会ったラリー大会中の一団、
それはまるで昔見たテレビアニメの「チキチキマシーン猛レース」だ。
後部座席から、我々にキャンディを投げようとしているヘベレケのおやじさん。
チャックポイントの休憩中に聞いたのだが、このおやじさんはお医者さまだったのだ。
ごきげんな酔っぱらいのキューイおやじだった。
<イラスト>
アウトサイダーイラスト ひだり がはく