還暦前、写真家の「写して候・寄って候」
天皇御陵踏破の旅
平安時代<後期>第五三回 六七代 三条天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみたい。

写真取材 赤木 賢二

北山陵(三条天皇陵)

六七代/三条(さんじょう)天皇陵
諱/居貞 おきさだ
在位年/西暦一〇一一~一〇一六
陵形/円丘  
皇居/平安京(京都市上京区)※五〇〜八〇代まで同宮

所在地/北山陵 京都府京都市北区衣笠西尊上院町
最寄駅/京都市地下鉄「北大路」から、約2,6km・徒歩約35分。

 63代冷泉天皇の第2皇子で、祖父には摂政太政大臣・藤原道長の全盛時代に即位した天皇。その後も外舅(母の兄弟)にあたる藤原道隆・道兼・道長三兄弟が政権を掌握され続けた。5年という短い在位の上、目を患い薄れ行く視野の中で読まれた百人一首「心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな」に無念さを感じる天皇。
 御陵は京都府京都市北区衣笠西尊上院町にある北山陵で、衣笠鏡石町には先帝の一条天皇火葬塚と同じ場所に三条天皇の火葬塚がある。

車での訪問なら、金閣寺の駐車場に停めれば便利だ。北に300mほど上がれば御陵。閑静な住宅街の児童公園の様に御陵はあった。
横からのカット。御陵が緩やかな坂の上にあるから、背景が空抜けできる(でも曇天だった・・・)。
時間を潰して日待ち、ようやく陽が少し当たった。

 
 
北山陵(三条天皇陵)

 
一条・三条天皇火葬塚(京都市)

御陵から徒歩約12分の場所に一条・三条天皇火葬塚にある。
御陵のあった住宅街とは違う空気感があった。

 
枇杷殿跡(京都市)

京都御苑にあった枇杷殿。ここで紫式部や清少納言が仕えたといわれている。そして、
失意の思いで三条天皇はここで後一条天皇に譲位したんだろう。
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