ソノひびヨリ
2025年 12月18日~21日

悪天候の西表上原から鳩間島間、30分の航路はアクテビティ~。
旧上原港でしばらく待っていると、車が駐車場に入ってきた。降りてきたのが郵便配達員の制服に身を包む、船で鳩間島への郵便集配歴33年の冨里保雄さん! そう、この方が無茶振りの人であり、西表での私の保護者でもあり(笑)兄貴分でもある。まぁ、無茶振りの人なのだけれど、33年間、雨の日も風の日も嵐の日にでも、西表上原から約5.4キロ沖に浮かぶ鳩間島に集配している尊敬すべき人。
11年ぶりの再会だけど勤務中なので挨拶も最小限にとどめ(また、あとで・笑)、船に荷を乗せすぐに出航の準備にかかる。港内の波は静かだけれど、外に出れば相当うねりがあるみたい、濡れないように船の真ん中付近に腰掛け出航~。

下・晴れたら見違えるほど美しい上原港。2013年撮影
出航して5分ほどで大きなうねりを感じ出した、白波がたち、濡れないようにしようとするのだけどダメだ・・・。こんな時には、濡れる事よりも振り落とされないように何かに捕まる事が賢明です! 沖合に向かうほど三角波がたち上下に揺れます、天候の悪い日の乗船には覚悟を決めてください! まぁ、落ちることは無いですけど(笑)。
少々荒れ気味の船旅を30分楽しめば、鳩間の港が見えてくる。フェリーなら10分と呆気なく到着してしまうけど、これも八重山の旅の醍醐味ですね。


下・鳩間の港への入り口。鳩間中森もはっきり見えてきた。

懐かしの「ペンション・マイトウゼ」のバンガローは何も変わっていなかった。
30分の船旅を楽しみ鳩間島に上陸、すぐさま保雄さんは郵便集配へ、私は本日の宿「ペンション・マイトウゼ」の母家を目指し歩き出す。ここにもお会いしたい人がいる、ペンションのオーナー夫妻の「ケンジさん」と「英子さん」だ。覚えていてくれているか、一抹の不安もあるけど気にせず挨拶に向かうのです(笑)!
母家まで島のメイン通り(笑)を歩くのだけど、建っている家が様変わりしていた、更地になったり、あきらかに人が住んでいない家や、知らない民宿など。ここでも11年の歳月を感じる浦島太郎状態・・・。


変わったさまに戸惑いながら歩く私を呼ぶ声がした、その方向を見ると畑仕事をしていた英子さんだった。11年ぶりの私に『変わってないね』と笑い、『中にお父さんがいるから。部屋はアーリ(東)の1よ。あとでね!』と畑仕事に戻った。言われた通りケンジさんは母家・食堂で作業をしていた、八重山で知っている方の最年長者(現在は)、丁寧に挨拶をして早めにお暇しバンガローに向かう 。なぜ、早めのお暇かといえば、ぐずぐずそこに居れば酒盛りが始まるからです。そう、ここは酒の島なのです(すみません~・笑)


下・2006年、晴れの日の「前の浜」・・・。
きた道を戻り中森に続く坂の途中に「ペンション・マイトウゼ」のバンガローが建っています。母家からは徒歩3分の距離。今日の泊まりは私だけらしい、静かなバンガローは昔のままでなぜか安心する。荷を解きベットに転がったが、潮水でベタついた体が気持ち悪い・・・。誰も居ないからパンイチでシャワー室に向かい、さっぱりとした気持ちで夕食までの時間を島内一周に出かけることにした。ここでは、それくらいしか時間を潰す方法はないのです(笑)。


下・今夜お世話になる私の部屋、アーリの1。
静かな貸切状態のマイトウゼで、鳩間時間を満喫のはずだった・・・。
シャワーを浴び終え外に出ると、先ほどより天気は悪くなっている。雨が降らなければ良いなだけれど、まぁ、雨に濡れてもまたシャワーを浴びれば良いかと思って歩くことにした。
一周約4キロほど1時間強で周れる距離。ルートは島を反時計回りに進み、母家までのメイン通りを抜け浜沿いに鳩間小中学校を左手に見て緑のトンネルの小道に入る。が、曇天で暗く緑のトンネルが今日はお化けのトンネルのよう・・・、鳩間には名のつく浜が8つほどあるのですが、どの浜もどんよりと暗く撮影する意欲も失くしてしまう。ただ、ひたすら歩くだけの時間になってしまったのです。
まぁ、時間潰しで出かけてきたので良しとして、夕食までの時間は部屋でのんびりと過ごすことにします。

下・鳩間小中学校、小中合わせて6名の小さな学校。校舎は立派です。

下・島仲浜と立原浜の間にある遺跡「ブシヌヤー(武士の家)」

下・2014年 晴れの日の「やら浜」
少し仮眠をとり気付けば18時前、18時には母家の食堂に行くのがマイトウゼのルール。早くても遅くてもダメ、ちゃんと時間を守らなければ英子さんに叱られます(笑)。
昨日は池田屋さんで食べ過ぎで胃が疲れ気味、英子さんのご飯は適量で優しい味が嬉しい。毎回、ここで疲れた胃を休ませる八重山のオアシス的ご飯なのです。ただ、ここは先程書いた通り「酒の島」、気を抜けば酒量が増えますご注意を!
晩御飯の献立は地魚の煮付けにお刺身、切り干し大根と昆布の炊き合わせ、お漬物と味噌汁、もちろん「オリ生」も~! 本当に優しく美味しい晩御飯をいただいた。追加の晩酌には「鳩間島音楽祭ラベル」小瓶の島酒で波の音を聞きながら静かな時間を過ごした。


私が食事をしている向かいには、ケンジさんと島の方が島の行事の打ち合わせをしている。この島ではよくある風景を眺め食事を済ませ、島酒をちびりちびり静かに呑んでいた。そのうち、もう一人ケンジさんを訪ねてこられた。私を背にして座ったので顔は見えない。
話し声は聞かずとも耳に入ってくる、その声を聞いているうちに、どこかで聞いたことのある!?。・・・あっ!この人は、酒の島の化身の一人「比嘉盛雄さん」だ! まずい! そう思った瞬間に盛雄さんが、こちらを振り返り一瞥。ほっとするのも束の間、『あっ!』と呟き、再度、振り向いて『これはこれは失礼しました』と。あ~あっ、見つかってしまった・・・。この盛雄さんとは不思議な縁で繋がっていて、仕事は大工さん(棟梁)で石垣在住、なのに私の過去の八重山旅で必ずどこかで遭遇するのです。
盛雄さんは手をヒラヒラ動かし、自分の隣を指差した。あぁ、これで今夜は長くなる覚悟を決めて、隣の席に移動した・・・。
「酒の島」鳩間島をまた実感。「ぶがりなおし」の恐ろしさ。
雨音で目が覚めた、時間を見れば7時過ぎ、どうやら外は雨模様。朝食8時ルールを守るため、ノロノロと身支度を始めた。眠い・・・というのも昨夜、食事あと盛雄さんに「ある場所」に連行され、深夜2時まで呑んでしまったからなのです・・・。
その「ある場所」とは、母家まで行くメイン通りの手前の青い家「あざて屋」さん。朝食のため母屋に行くには、その前を通らなければならない。とにかく注意深く、恐る恐る、家屋前のテラス席に人が居ないか確認して慎重に通過する。(なぜ、恐る恐るなのか、それはこの島では早朝から普通に呑んでいるからなのです。朝から捕まれば大変なことになる・苦笑)
とりあえず誰にも見つからなく、母屋に到着でき今日も美味しく朝ごはんをいただくことができた。

下・本日のメニューはきのこオムレツとサラダ、ほうれん草とツナのお浸し、サクラ漬けお漬物、お味噌汁。ご飯お代わり自由!
食事後、宿代のお支払いを済まし、英子さんと少し話して母家を後にした。バンガローに戻り、シャワーを浴びて帰る支度をと、この後の段取りを考え歩いていたのが悪かった。うっかり「あざて屋」さんの前を確認もせず通過しようとした。その時、名前を呼ぶ声がした。先ほど誰もいなかったテラス席に、マイトウゼオーナーのケンジさんが座って呑んでいた・・・。ケンジさんが私に手のひらをヒラヒラとする・・・。
当然、年長者に朝のご挨拶は常識、テラス席に近づきケンジさんに朝の挨拶、あざて屋オーナーの東里さんに昨晩のお礼を丁重にお伝えし・・・「ギョッ!」。不覚にもテラス席の死角に盛雄さんが居たのです~!! その手には、島の水割りグラスを握りしめ笑顔で一言『さぁ、カンパイ~』。
やはりこの島は「酒の島」だっ! いや違う「狂った島」だ~!! 郵便船の到着時間まで付き合わされる、保雄さん早く来て~~!





<その4に続く>

