ソノひびヨリ 第四二話
大阪府堺市古代、中世、幕末、近代のメルティングポット堺へ
その4 中世の環濠エリアから古墳時代の世界遺産へ

ソノひびヨリ

2025年 11月3日

世界遺産の新観光「おおさか堺バルーン」

環濠エリアを飛び出し、一路、東へ。あの世界遺産の巨大古墳に向かう。

 環濠の南側から飛び出し、ここから2.8キロほど東にある「あの」世界遺産を目指し自転車を走らせます。いつなら、基本、徒歩なのだけれど、快適な自転車で時短! 「御陵通り」を約10分走りきると、目的地の日本最大の古墳にして世界最大級の墳墓「世界文化遺産」の一つ「大仙陵古墳・仁徳天皇陵」に到着した。

 「御陵通り」の道中、環濠エリアを出て、すぐ阪神高速の高架をくぐり府道30号(南北に走る)までの間は、開発途中のような殺風景だった・・・。府道30号を過ぎれば緩やかな上り坂になり街路樹が立ち並び「御陵通り」らしくなってきますよ。

上・環濠からしばらく続く殺風景な「御陵通り」
下・府道30号の交差点を過ぎれば、並木道の「御陵通り」変わる。

 並木道の「御陵通り」を進んでいくと、まず右手に緑地が広がってきます。これが「大仙公園」で、もう少し進むと左手に堀のある緑の丘のような「仁徳天皇陵(大仙古墳)」が現れます。そこから約400m先に国旗がたなびく拝所入口を確認できました、思っていたより現実の大きさに圧倒されますね。とにかく大きいのです、さすが世界一の墳墓です! 古墳本体の大きさが前方部幅約307m(高さ約33.9m)、後円部径約249m(高さ約35.8m)、全長が約486m、その周りに三重の濠がめぐっているので、前方部側の濠を踏めば約700m近くあると思います!

(詳しく天皇陵を知りたい方は、本誌、赤木翁の『還暦前、写真家の「写して候・寄って候」天皇御陵踏破の旅』をご覧ください。)

「仁徳天皇陵(大仙古墳)」の拝所。あまりの大きさで全貌がよく分からない・・・。

 説明などを聞きたければ、拝所前にボランティアガイドさんがいて親切に教えてくれます。この日も観光客の質問に答えていました、また、拝所より10mほど東側には「百舌鳥古墳群ビジターセンター」もあります。ここでは、地上からは見えない古墳の全貌を「超高精細プロジェクションマッピング」で見ることができ、古墳グッツのお土産を販売しています。マッピング鑑賞は、もちろん無料です!

上・「超高精細プロジェクションマッピング」を鑑賞できる「百舌鳥古墳群ビジターセンター」
下・ビジターセンターの前に建っている「仁徳天皇」。天皇の像て珍しいんじゃないかな、赤木翁に聞いてみよう(笑)。

「仁徳天皇陵」の全貌が見たい! そんな願いを叶える新アクティビティ!?

 この秋より運行を開始した、世界遺産観光の目玉! 天皇陵の向かいに広がる緑地「大仙公園」に見に行くことにしました。この「大仙公園」は、図書館や博物館、茶室、日本庭園を併せ持つ総合公園になっていて堺市のシンボルパークだそうです。その中心部に「どら池」(なんでこんな名前なんだろうか・笑)があり、その直ぐそばに新たな世界遺産観光の目玉!「おおさか堺バルーン」の発着場があります。

公園の中心部には「どら池」と恒久平和を願う「堺市平和塔」

 この「おおさか堺バルーン」は、上空100mから世界遺産の古墳群を眺望できる新アクティビティ! 今までは、『せっかく観光にきたけど「仁徳天皇陵」の全貌が分からず「がっかり」した』とよく聞いましたが(笑)、バルーンに乗れば「仁徳天皇陵」の全貌はもちろん、大小様々な古墳を肉眼で楽しむことができます。搭乗時間は約10分から13分と少し短い気がするけど、定員が15名ほどなので意外とゆったり堪能できるかもしれません。料金は大人・4.200円(WEB割引・4.000円)で堺市民だとお得に3.200円で乗れちゃうんです(いいなぁ・・・)。

 この日は時間がないので搭乗できない~~、みだれ髪じゃなくうしろ髪引かれる思いで先を急ぎます。

近くで見たら、バルーンの大きさに驚き! 搭乗口前にはインバウンド客も多く並んでいた。
浮き出してまもなく、風が吹いてゴンドラが少し斜めに、これもお楽しみかも(笑)。安全性も高いのでご安心して搭乗してください!!

 駐輪場に戻る途中、どら池のそばに「只今、長期休館中」の「堺市博物館」があります、来年2026年4月1日より開館予定です。堺の歴史をより知りたいならオススメですが、しばらくの辛抱ですね、来られる方は注意してくださいね。

 博物館の手前には、お抹茶を一服(一服・干菓子付 500円)を有料でいただける国の有形文化財『堺市茶室「伸庵、黄梅庵」』があります。この二つの日本家屋は、東京芝浦からと奈良県橿原市から移築したもののようです、堺にあったものじゃないんだ・・・。茶室の門扉横には、わび茶を説き指導者としても活躍した堺の豪商「武野紹鴎」像が座り、その向かいには弟子にあたる「千利休」がいた。

 ここ「大仙公園」は、意外に堺観光がぎっしり詰まっていました。観光をきっちり楽しむなら半日かけてまわるのがいいかも。但し、博物館が再開してからがいいですね。

上・堺市茶室「伸庵、黄梅庵」前
下・休館中の「堺市博物館」
左・茶室の門扉横の武野紹鴎像
右・武野紹鴎像の向かいには千利休像
季節外れの桜が咲いていた、その名も「与謝野晶子」!

 また、古墳群をもっと周りたい人には「仁徳天皇陵」より南に約2kmで行けば「履中天皇陵(上石津ミサンザイ古墳)拝所」、北に約2.5kmで「反正天皇陵(田出井山古墳)拝所」。親子二代、三代の天皇陵を参拝することもできます。

左・「反正天皇陵(田出井山古墳)」
右・「履中天皇陵(上石津ミサンザイ古墳)」

堺一日観光の締めくくり、中世の世界への玄関口だった堺旧港へ

 「仁徳天皇陵」と「大仙公園」を後に、環濠エリアに戻ります、帰りは緩やかな下り坂なので「あっと」いう間です! さすがは自転車です、約4kmを15分ほどで環濠の西側エリア「竜神橋」付近い到着です。

 環濠西側エリアは開発が進んでいて、あまり観光要素がありません。来るときに乗ってきた南海本線・堺駅周辺には、ショッピングモールや飲食店、ホテルがありますが、思っていた「古代、中世、幕末、近代」の歴史を感じさせてくれるモノが少ないです。そこで、環濠の水を海から引いている水路に添い「堺旧港」に向かうことにします。

西側の環濠、「竜神橋」から堺駅方面を見る。

 竜神橋を渡り、環濠の外に出て堺駅横の水路を港に向かっていると、橋の上に佇む人を発見。とても大きな人だと思い近づいていくと、中世の南蛮人を模したブロンズ像でした! なんだか堺って像が多いような気がする・・・(笑)。

 この南蛮人像には名前がついていて「橋上ポルト之助」というんですって~、2024年に公募により名付けられたそうです。その佇む橋の名前も「南蛮橋」、堺市は中世の南蛮貿易ポルトガルを推しているようです。

南蛮橋に立つ橋上ポルト之助さん。数年前まで名無しの権平だったそうです、その頃は皆さん「ザビエル」だと思っていたみたいです。

 身長190cmの「橋上ポルト之助」像にちょっと驚きつつ、南海線の高架をくぐり進めば幕末の史跡跡に出くわしました。午前中に巡った幕末の国際的大事件の「堺事件」の現場。1868年(慶応四年)ここで、船から上陸してきたフランス帝国水兵11名を殺害した場所です。それより3年前の1863年(文久三年)には、やはりこの港から大和(奈良)で討幕挙兵に参加した「天誅組」が上陸していました。この中には、土佐藩の尊皇の志士「吉村虎太郎」もいたようで、残念ながら挙兵に失敗し大和の地で討死しました。

 ポルトガルもそうだけど土佐(高知県)とも、堺との繋がりが意外にあるのだと知りました。

大きな石碑があり、こちらが「天誅組義士上陸遺蹟碑」
「天誅組義士上陸遺蹟碑」横、少し離れて「堺事件」の碑があります。こちらは小さめでした。

 そんなことを考え先へと歩いていく、府道の高架をくぐりぬけ遊歩道のスロープを登ると、目の前に広がる海。ここが中世の南蛮貿易や幕末の動乱などの玄関口になった「堺旧港」。この辺りはアーバンリゾートタウンとして再開発が進み、宿泊施設の「ドーセット バイ アゴーラ 大阪堺」が開業、それにレストランやイルカと触れ触れ合える「ノアドルフィンドーム」もあり新しい堺のデスティネーションになる予感がするエリアです。

 綺麗に整備されたベイサイドのど真ん中に、またや、ブロンズ像! 港の入江の付近の対岸には巨大なブロンズ像まで立っている!! 

気持ちのいい「旧堺港」、現在の地名はアーバンリゾートタウン「ポルトマーレ」だそうだ。

 ベイサイドのブロンズ像に近づくと、これも昼食後に山門だけ見た、「大安寺」の本堂の持ち主だった「納屋助左衛門(ルソン助左衛門)」の像だった。貿易を通してルソンから日常品の壺などを輸入し、国内で高く売り豪商となった人です。だけど、それが秀吉にバレ(笑)て、屋敷や資財を投げ捨て(これが大安寺の本堂です)命からがら日本人町のあるルソンへ移住したと伝わります。その後にルソンからカンボジアに移り、そこでカンボジア国王!?の信頼を得て、再び豪商となったとされる~。本当かなこの話(笑)、まぁ~なかなかキモの座った人だったんでしょうね。

 そして前方に立つ巨大ブロンズ像といえば、明治三六年「内国勧業博覧会」で「大浜水族館(第二室戸台風の影響で廃館)」の前に立っていたシンボル、「乙姫さん」の愛称で親しまれた「龍女神」の復元像だそうです。とにかくバカデカく、高さ16mの台座上に10mのブロンズ製の像なのです! 本当に堺市は像が好きですね(笑)。

左・元々は堺市民会館前(現在は廃館)に立っていた納屋助左衛門(ルソン助左衛門)の像
右・台座を入れると26mの龍女神の像・・・デカイ。

 さらに港の先へと進むと、本日、堺観光の最終地点に到着。なんとか夕日になる前にここにたどり着けてよかったです。観光の最後に選んだのは、日本最古の木造洋式灯台として国の史跡に指定されている「旧堺燈台」です。⽊造約11m(基礎部分を含む)の洋式灯台は1877年(明治一〇年)に、堺住民の寄付などにより建築されました。そして約一世紀の間、堺港を出⼊りする船の安全を見守ってきましたが、1968年(昭和四三年)に役割を終えたようです。その後は、堺のシンボルのひとつとして大切に保存されています。

 六角形のボディにハニーペンキっぽいホワイトカラーがアンティークでカッコいい~、木造の洋式建築物は何やら存在感があって、いつも心がときめく(笑)。それに西に広がる大阪湾のロケーションがまた画になります、ここは駅からも近く超オススメの場所です。旅の疲れを癒し、日落ちまで「ボッ~」とするのもイイですよ!

 朝から夕方まで、ほぼ一日で(駆け足で・笑)堺旧市街・環濠エリア・天皇陵を巡ってきました。感じたことは「堺って、時代を超えた史跡が多い!」てことです、今回はあくまでダイジェスト編の旅になりましたが、次はもっと深掘りの旅にしたいです。そうすれば、新しい発見で色々と楽しめそうです。では、この港から次の旅に旅立ちます、自転車を返してから。

西日に向かい建つ「旧堺燈台」、あと1時間もすれば日も落ちる。
旅の便宜上、環濠エリアを4エリアに分けています。
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