第三回 スペシャルインタビュー企画〈前編〉
令和三年四月一六日、友人「写真家・吉村和敏」との一泊二日の旅は、
雨振る南海電鉄・和歌山港駅前から始まった。
強い雨の中、フェリー発着港近くの、南海「和歌山港駅」前で落ち合う。
(ピンボケでごめんなさい。)
この旅が急遽決まったのは数週間前、コロナ禍での近況メールのやり取りの中で「和歌山に行ったことがないな」「じゃあ、来る?」と軽い会話の中で決まり実現した。
折角なので、旅の途中の話しを『ソノひびヨリ』の巻頭企画インタビューとしての掲載も心良く受けてくれた。
ご存知の方も多いかも知れないが、彼のプロフィールを簡単に紹介しておこう。
彼のメインフィールドは「海外のカントリーサイド」をテーマとして、多くの写真集を毎年数冊出版している。でも、このコロナ禍の現状では海外渡航・撮影ができない状況が続いている、彼は前々から温めていた「国内をテーマ」にした撮影をスタートしていた。その「テーマ」は香川県の庵治石。庵治石とは香川県高松市東部の庵治町・牟礼町でのみ産出される高級石材、あの彫刻家イサム・ノグチも庵治石の素晴らしさに魅了された一人。それに目を着けた「写真家・吉村和敏」はさすがだ。
風景写真家のイメージが強い彼だがそんなことはなく、幅広いテーマの作風でまた違う彼の一面を見せてくれる写真集が楽しみだ。
そんなことを思いながら、庵治石の撮影・取材を終えた彼と(香川から徳島へ移動、南海フェリー和歌山港着)朝一〇時に和歌山港駅前に合流した。彼の愛車マツダCXー5に乗車して、目的地に向かう道中からインタビュー(笑)を始めた。
別日に撮影した南海フェリー
本日の旅のルート
和歌山港 → 日本の棚田百選・あらぎ島(有田町)
→ 蔵王橋(有田町)→ 南紀白浜
編集 久しぶり、リアルで会うには一年ぶりだね、去年、コロナが蔓延する前の大阪・富士フイルムフォトサロンでの個展依頼。メールでは頻繁にやり取りしてるから、久しぶりって感じないね(笑)。本日はいろいろと他で話さないようなことを訊くからね、よろしく。
吉村 あの時は、ほんとにギリギリで個展を開催でき助かりましたよ(苦笑)。あれ、一週間遅ければアウトだったから。今日は時間がいっぱいあるから、ゆっくりと何でも訊いてください。
編集 『ソノひびヨリ』の巻頭エッセイは「旅」をテーマに書いているんだ、まずはそのことから訊いていくね。吉村くんにとって「旅」を意識したのっていつからかな?
吉村 高校(長野県)のころ写真部だったので、近くの山々(高ボッチなど)に日帰りで、よく撮影に行っていたけど「旅」の意識はなかったかな。ただ、高校三年の夏に列車の周遊券を買って、北海道に一人で行って列車でグルグル廻って、車中泊したのが「旅」かな・・・。うん、それが最初の旅だね。(自身が納得するように語る)
編集 吉村少年は、その時ってどんな風に感じた? その後に影響あった?
吉村 その時は、あまり深く考えていなかったけど、後々考えれば「一人旅」することが好きになった切っ掛けがこの旅からだろうね。
編集 高校生の貧乏(列車)旅に親御さんもよくOKしてくれたね。やはり、お父上が国鉄マンだったから(笑)。<余談・彼に写真の切っ掛けを与えてたのもお父上で、最初のカメラ「オリンパスOM-10」を買って貰った、今も大切にしている。>
吉村 そうかも(笑)。でも、あのころクラスの中で一人二人は、自転車日本一周を目指す奴がいたから違和感はなかったんじゃないかな。僕なんか列車だから甘かった方じゃないかな。
編集 そうなんだ、今の君を見ているともっと「ガシ!ガシ!」旅するイメージなんだけど(笑)。
吉村 イメージて怖いな(笑)。
編集 次に大きな旅に(勝手に)感じるのは、高校を卒業し上京する時なんだけど。
吉村 上京もそんなに、異世界に行くとか冒険とかじゃなかった。ただ、就職て感じだよ。
編集 淡白だね、インタビューにならないよ(笑)。就職してバイクも買ったでしょ、バイクで旅とかしなかったの?
吉村 バイクで旅はしなかったな、長野に帰るための足かな、好きな時に動ける利便性が高い足だね。仕事だって、ずっ~と「辞めたい、辞めたい」と思っていたんだもん。でも、業務自体は楽しかったし、今考えると本造りの役に立っていると思う。それで、仕事を二年で辞めちゃった。
編集 どうして辞めちゃったの?
吉村 お金が貯まったから!(喰い気味に語る彼)百万円以上(笑)。
編集 二年で百万円はすごいよね! そのお金の使い道は?
吉村 カナダに行く費用と向こうでの生活費。カナダに行くと決めた時に、バイクもすぐ売っちゃった(笑)。
編集 それで、カナダの旅が始まるんだ。
吉村 カナダは旅というよりも、とにかく「カメラマン」になりた想い、それだけだった。
編集 でもそれって、今から考えれば「カメラマン」になるための旅立ちだよね。だって、「写真家・吉村和敏」が生まれる瞬間だもの。
吉村 うん、そりゃそうか。そう、言われたら確かに「旅」だ。
編集 どうして、カナダだったの? ワーホリが取り易かったの?
吉村 それもあったけど、実はインドも選択肢の一つだったんだ。でも、インド怖くて(笑)。それで、山と森と湖の国で安心なイメージだったカナダにしたんだ、ふるさとの信州にも似ているし。
<余談・後に行ったインドはまったく怖くなくて(笑)、ハマったらしい。写真集『モーニングライト』などで作品を数点発表している。>
すぐに、渋谷の格安チケットショップでカナダ・バンクーバー行きの片道航空券を買った(笑)、当時一三万くらいだったかな。
それでバンクーバーに着いたら、大陸横断をするための足(笑)、中古車を買っちゃた。二八〇〇カナダドル(当時二八万円)で。
編集 また、足を手に入れたんだ。それで、どんなルートで大陸横断を目指した?
吉村 まず、バンクーバーからカムループスへ移動したんだ(車で約三五四キロ、約四時間)。当時、テレビドラマ「ライスカレー」で観たロケ地・カムループスを訪れてみたかったんだ。見たかったという より、訪れないといけないと思っていた(笑)。
ラック・ルジューンていうロケで使った小屋を、若い頃はミーハーだったんだ(笑)。それを見てから、カナディアンロッキーに向かった。
中編に続く(7月5日公開予定)
和歌山県有田川町「棚田の里・あらぎ島」で土砂降りの中、ユーチューバー化する吉村氏。
何度もテイクをこなしている、納得がいかないのか(笑)。
当日の「あらぎ島」と晴天の日の「あらぎ島」
<吉村和敏・関連サイト紹介>
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