還暦前、写真家の「写して候・寄って候」
天皇御陵踏破の旅
第十七回 飛鳥時代 二九代欽明天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみたい。

写真取材 赤木 賢二
 
 

檜隈坂合陵(欽明天皇陵)

欽明天皇陵

 
二九代/欽明 (きんめい)天皇陵
和風諡号/天國排開廣庭天皇 あめくにおしはらきひろにわのすめらみこと
在位年/西暦五三九~五七一
陵形/前方後円    
皇居/磯城島金刺宮(奈良県桜井市) 

所在地 檜隈坂合陵 奈良県高市郡明日香村大字平田
最寄駅 近鉄吉野線「飛鳥」より徒歩約七分

 仏教の受け入れを巡って、とりあえず蘇我稲目の仏教礼拝を許した天皇でしられている。墳丘は前方部を真西に向けた前方後円墳、全長約一四〇m 後円部径七二mで、明日香村内では最大の御陵。現在は水を湛えた周濠があるが、これは「文久の修復」で改築されたものであり元は田畑だったらしい。なお、この修復の際に双円墳から前方後円墳に改造されたとする考えもある。
 

欽明天皇陵
集落の中にミカン山に登るような脇道に道標がある、昇って降りれば拝所に着く。
欽明天皇陵
曇天だったので少し日が傾くのを待った、そのかいあって西日が差した。

 
 
磯城島金刺宮

磯城島金刺宮
磯城島金刺宮
宮跡の石碑は大和川の支流、初瀬川沿いにある「磯城嶋公園」の端に立っていた、少し味気ない。
最寄り駅は近鉄大阪線「大和朝倉」より徒歩約十一分。
磯城島金刺宮
公園の逆端には、仏教を伝えに来た百済の一行が上陸したと言う石碑もあった。
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