還暦前、写真家の「写して候・寄って候」 天皇御陵踏破の旅
第二七回 白鳳・奈良時代 四〇代 天武天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写
してみたい。

写真取材 赤木 賢二
 
 

檜隈大内陵(天武天皇陵)

天武天皇陵

四〇代/天武(てんむ)天皇陵
和風諡号/天渟中原瀛真人天皇 あまのぬなはらおきのまひとのすめらみこと
在位年/西暦六七三~六八六
陵形/円丘
合葬/四一代持統天皇と合葬   
皇居/飛鳥浄御原宮 ※三四代舒明天皇 飛鳥岡本宮と同宮(奈良県高市郡) 

所在地 檜隈大内陵 奈良県高市郡明日香村大字野口
最寄駅 近鉄吉野線「飛鳥」より徒歩約一六分

 この御陵には、四〇代天武天皇と皇后だった四一代持統天皇が合葬されている。御陵の墳形は八角形・五段築成とされている、内部は二室あり、天武天皇の棺と火葬された持統天皇の金銅製骨蔵器が納められている。西暦一二三五年(文暦二年)に盗掘にあい、副葬品が奪われ、その上、棺から遺骨を出し石室内に散乱していたと伝えられている。
 天武天皇は『日本書紀』と『古事記』の編纂を始めさせ、また「天皇」を称号にし、「日本」を国号とした天皇とも言われる。
 

天武天皇陵
天武天皇陵
天武天皇陵
最寄り駅から、約一〇〇m集落を抜けると気持ちのよい田園に入る。御陵までに「鬼の俎」がある、迷う事はないと思うが目印になる。
そこまで行けば、ぽっこりとした丘がみえる御陵だ。
天武天皇陵
見ためは丘か小山にみえるが、墳形は八角形・五段。
天武天皇陵
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