ソノひびヨリ 第十九話
大分県・豊後高田『昭和ロマンよ、ふたたび』〈前編〉

散策はここ「駅通り商店街」からスタートした。出発が遅れたので「三丁目の夕日」時間だ。

 夏休みに親子三代で楽しめる所ってなかなか無い、どうしてもお孫ちゃんを中心に考えがちになるからだ(苦笑)。昭和生まれ、平成生まれ(令和生まれでもいい)の親子三代が平等に楽しめる「観光地」がないかと、頭の中をひっくり返し記憶を辿れば「あった、あった!」良い所が。
 それは、全国に数々ある「昭和レトロ」を売りにしている観光施設だ。その中でも今回は、2006年に『JTB交流文化賞』を受賞した大分県豊後高田市にある『昭和の町』をぶらり旅で紹介。
 北九州の玄関口「小倉」から車で約1時間半、別府からなら車で約1時間とアクセスもいい観光地。
 『昭和の町』は、国東半島の西側の付け根辺りに位置する豊後高田市にある。どの地方都市(町)と同じように、近年の過疎・高齢化の問題で、数々ある小さな商店街は瀕死状態だった。その町を再生させるため2001年9月に『昭和の町』プロジェクトを有志グループが立ち上がりスタートさせた。
 幸運にも観光資源になる、昭和30年代の町並みが奇跡的に残っていた! ただ当時、現役の商店(売りになる「昭和の店」)は、わずか9軒のみ、そこからのスタートだった。
 そんな商店街に興味を持ち、福岡帰郷を利用して豊後高田市へ車で向かった。まずは時間が許す限り歩いてみたい。

駅がないのに「駅通り商店街」!?

 駐車場の近くにあった「駅通り商店街」から足を踏み入れた。名前の通りここは、1965年(昭和40年)廃線となった大分交通宇佐参宮線の豊後高田駅前から続く商店街だった。
 着いたのが夕方近くだったので、お店も閉まっていて人も居ない・・・ちょっと不安になりながらも足を進める。
 「駅通り商店街」ゲートをくぐって10mもすれば、ここの目玉「大衆食堂・大寅屋」があった〜! この日(時間?)は閉店していて(残念です)後日、調べたらなんと! 昭和55年から値上げせずに商いを続けていて、とくに年輩(私と同世代)の女性に人気があるらしい。
 メニューの値段は、クリームソーダ300円、かけうどん200円、カレーライス350円!! 凄すぎる値段ですよね。
 さらに30m行くと、もう一つの目玉「尾鶴ラジオ電機商会」がある。ここのショーウィンドウには、昭和世代に懐かしい電化製品を陳列している。さい先がいい、次の商店街に行ってみよう。

写真・上が「大衆食堂大寅屋」。
下が「尾鶴ラジオ電機商会」、店名のラジオ電機が昭和を感じさせる。
見所多し、昭和ノスタルジーな「新町通り商店街」
「新町通り商店街」ゲートのすぐ近くの「森川豊国堂」。看板の手書きの書体がなにやら嬉しくなる。


 「駅通り商店街」が終わり? 右折したら「新町通り商店街」のゲートがあった。ゲート直ぐに由緒正しき菓子店「森川豊国堂」、ここは昭和より前の大正八年の創業。一番人気は「ミルクセーキ」と、朝一番で造る「あん」を薄いカステラ生地で巻いた「とら巻」。お店は開いていたんだけど、売り切れだった・・・。
 「残念!」とお店を出たら、目の前に「昭和石油」のスタンド跡がある~。その奥の空き地には土管が3つ置いてある、これも昭和世代には懐かしい風景。
 思わず、土管に入って遊んだ(写真を撮っただけですが・笑)、遊べば小腹が減る〜。この先に精肉店「金岡」があると聞いていた。昭和のおやつ・買食いはコロッケでしょう!「和牛コロッケ・170円」と「おからコロッケ・90円」を購入! 昭和の町を食べ歩きするのにオススメなおやつですよ。でも、値段が昭和ではないな・・・。

このスタンドや土管は本当に懐かしい〜。
福岡のローカル人気番組『ゴリパラ見聞録』も、ここで記念撮影をしていた撮影スポットですね。 
懐かしいコロッケの買食い。こんな夕方に食べたら、お母ちゃんに怒られましたよね。
今は、大人の特権です(笑)。

 とか、ぶつぶつ言いながら美味しく店前で食べていると、向いのお店の何やら怪しい看板を発見。「昆虫の館」、そこには懐かしい昆虫採集セットが置いてあった〜! 昭和中期世代には馴染みのあるアイテムですよね、夏休みに男子なら一度は買ったはずです! でも、これって上手く標本に出来ないんだよね・・・(笑)。

私が訪れた時には「昆虫くじ」!? ていうのがありました。
まだ、やっていれば是非! 挑戦してください。昆虫採集セット、欲しかったなぁ・・・。

 さらに新町通りを右カーブに添い進んで行くと、商店街東端のゲート近くにレトロ感あふれる建築物を発見した、「清照別館」と言う昭和初期に「共同野村銀行」として建てられた、当時の建築様式が残されている雰囲気がある。館内には、当時の紙幣やお金の歴史にまつわる展示スペースがある。でも、入館出来なかったのだ・・・時間が遅すぎたのだ。

「清照別館」と、その近く東端の「新町通り商店街」ゲート。
昭和じゃなく大正建築の赤レンガが映える、「中央通り商店街」
訪問した時、店舗は入っていなかった。現在はパン屋さんがこの大正建築物で営業しています。

 新町通り商店街東端ゲートを左折すれば「中央通り商店街」、ここから桂川の橋の手前まで続いている。桂橋の手前に赤レンガの建物が「旧共立高田銀行」跡、現在は本格派の手作りパン店「アルフォンソ昭和の町店」として営業されている。
 そこから少し新町通り方面に戻れば、ナショナル乾電池の立体サインが目に入る「吉成電気商店」がある。ここのショーウィンドウも昭和初期の家電が飾られている、この立体サインも懐かしいです! 最近では目にする事はないですね。
 まだあった! 懐かしの「一つ目信号」が(喜)。この信号て、黄色と赤が点滅するだけで役に立っていたのか? 今でも不思議に思っている(笑)、子供の頃にこの信号機で止まったことがない(スミマセン)。

この立体サイン、カッコ良くないですか!?
それと、町全体がタダで見れる博物館ですよ〜。
薬局の前にある「一つ目信号」、薬局の壁に貼られている商品広告。
「みな、何もかもが懐かしい・・・」沖田館長〜!
夕暮れせまる「宮町商店街」

 そして、この信号に交差している道が「宮町商店街」。西方向に歩いて行った、ここの通りは商店街と言うよりも街道沿いの感じがする。通りの最後らしい所に「若宮殿」と書かれた鳥居があった、それをくぐった所にポケットパークと呼ばれる公園スペース(休憩所)があった。そろそろ夕暮れ時、ベンチに座りしばし昭和に黄昏れる。
 約7つある商店街の4つを早足で歩いた、今日はこれぐらいでいいだろう。明日は、この町のメイン「昭和ロマン館」へ勝負の日だからだ! さぁ、旨い酒と肴を求めネオンの中に消えるとするか(笑)。

「オシックラ」をする男の子と女の子、昭和の町のメインキャラクター
その奥に、名画座跡のような「昭和座」、実は万年筆等を扱うお店だそうです。

 
 
後編はコチラ↓↓↓

駅通り商店街

新町通り商店街

中央通り商店街

宮町通り商店街

タイトルとURLをコピーしました