還暦前、写真家の「写して候・寄って候」 天皇御陵踏破の旅
第二十三回 飛鳥時代 三五・三七代天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみた
い。

写真取材 赤木 賢二
 
 

越智崗上陵(斉明天皇陵)

斉明天皇陵

三五代/皇極(こうぎょく)天皇陵
三七代/斉明(さいめい)天皇陵
和風諡号/天豊財重日足姫天皇 あめとよたからいかしひたらしひめのすめらみこと
在位年/西暦六四二~六四五(皇極) 西暦六五五~六六一(斉明)
陵形/円丘    
皇居/飛鳥川原宮・斉明(奈良県高市郡) 朝倉橘広庭宮・斉明(福岡県朝倉市) 御陵山おまけ

所在地 越智崗上陵 奈良県高市郡高取町大字車木
最寄駅 JR和歌山線「掖上」より徒歩約一二分(一km)。

皇極・斉明天皇と娘の間人皇女の陵墓といわれている、石段を登った丘の上にある。孫娘の大田皇女の墓も近くにあり、女系三代が眠りについている丘だ。斉明天皇時代には百済救援軍を朝鮮に派遣するため、指揮のため九州まで行くのだが戦う前にして「朝倉宮」で世を去り、こちらの陵墓へ葬られたとされている。 だが、恵蘇八幡宮本殿裏に円墳があり、これを朝倉宮で崩御した斉明天皇を仮に葬った陵墓とする伝承もあるのだ。
 

斉明天皇陵
御陵は車木集落を見下ろす丘の上だ、集落まで行き聞けば直に分かるはずだ。ただ、ここの石階段もなかなか辛い!
覚悟を決めて昇って欲しい、石段の入口に華厳寺がある目印(笑)
斉明天皇陵
斉明天皇陵
石階段の中腹くらいに分かれ道がある、右に昇れば御陵で、左に進めば直ぐ大田皇女陵の拝所。

 
 
飛鳥川原宮・斉明(奈良県高市郡)

飛鳥川原宮
川原寺(弘福寺)は天智天皇が母「斉明天皇」の冥福を祈って飛鳥川原宮跡に建てられた寺らしい。
飛鳥川原宮
飛鳥川原宮
飛鳥川原宮
斉明天皇は飛鳥板蓋宮で即位(重祚)したが、火災に遭ったため飛鳥川原宮に宮を移した(木造家屋は火事が多い)、
ここは礎石も残っていて間違いなく宮跡だろう。近鉄吉野線「飛鳥」より徒歩約三〇分(二.三km)。

 
 
朝倉橘広庭宮・斉明(福岡県朝倉市)

朝倉橘広庭宮
朝倉橘広庭宮
朝倉橘広庭宮
橘の広庭公園の円形広場の中心部に「朝倉橘広庭宮」石碑がある。
橘の広庭公園の入口付近にある小さな鳥居(朝闇神社鳥居)、くぐってよいものか考えたが、くぐってしまった。

 
御陵山・恵蘇八幡宮1・2号墳

恵蘇八幡宮
恵蘇八幡宮
恵蘇八幡宮
恵蘇八幡宮
国道三八六号線沿いにある「恵蘇八幡宮」の大鳥居をくぐり、階段を昇れば朱色の拝殿が現れる。
その右横にある鳥居をさらにくぐり昇ると、もう一つの斉明天皇陵がある。賛否はあるがロマンもある。
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