還暦前、写真家の「写して候・寄って候」 天皇御陵踏破の旅
第四三回 平安時代<前期> 五七代 陽成天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写
してみたい。

写真取材 赤木 賢二

神楽岡東陵(陽成天皇陵)

五七代/陽成(ようぜい)天皇陵
諱/貞明 さだあきら
在位年/西暦八七六~八八四
陵形/八角丘
皇居/平安京(京都市上京区)※五〇〜八〇代まで同宮

所在地 神楽岡東陵 京都府京都市左京区浄土寺真如町
最寄駅 京阪本線「神宮丸太町」から、約2km・徒歩約25分。

 56代清和天皇の第一皇子として生まれ生後三ヶ月で立太子、9歳で即位した陽成天皇。そして、陽成天皇15歳の頃、宮中で陽成天皇の乳兄弟が、突然何者かに殴殺されるという事件が起きた。犯人は不明とされているが、陽成天皇が事件に関与したと疑われ翌年に退位し、太上天皇となった。その後65年間もの間、上皇として過ごした。
 御陵はいくつか説があったが、真如堂の門前の竹林の小丘が比定され、現在御陵は元治元年(1864)の修築後の姿。対辺間18メートル、高さ2.4メートルの八角墳。
 

紅葉で有名な「真正極楽寺 総門(赤門)」を背にして歩けば、民家の狭間に御陵はある。
その道の奥には「備前焼・逆立ち狛犬(宗忠神社)」がある、この日は行かなかったが・・・。
逆側からのカット、奥に見えるのが「真正極楽寺 総門(赤門)」。
参道の東西には寺と神社があり、その中間に御陵がある、ありがたい立地条件だ。
「真正極楽寺 総門(赤門)」の前での一枚。次は紅葉の時に訪れようと心に誓った(笑)。

神楽岡東陵

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