還暦前、写真家の「写して候・寄って候」
天皇御陵踏破の旅
第二八回 白鳳・奈良時代 四一代 持統天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写
してみたい。

写真取材 赤木 賢二
 
 

檜隈大内陵(持統天皇陵)※四〇代天武天皇と合葬

持統天皇陵

四一代/持統(じとう)天皇陵
和風諡号/高天原廣野姫天皇 たかまがはらひろのすめらみこと
在位年/西暦六九〇~六九七
陵形/円丘
合葬/四〇代天武天皇と合葬     
皇居/藤原京(奈良県橿原市) 

所在地 檜隈大内陵 奈良県高市郡明日香村大字野口
最寄駅 近鉄吉野線「飛鳥」より徒歩約一五分

 持統天皇は三人目の女性天皇。夫・天武天皇の夢であった、藤原京の造営を六九四年に完成させ、首都機能を持つ本格的な都を作った。その後、軽皇子に譲位し上皇となり七〇一年に「律」(刑罰規定)と「令」(行政組織・租税・労役規定)が揃っている、我が国初の法典「大宝律令」公布した。
 

持統天皇陵
天武天皇陵の写真と被らないように、田園越しに御陵を撮影。農夫さんでも居てくれれば、もっといい画になるのだけれど(苦笑)。

 
 
藤原京

藤原京
藤原京
藤原京
宮跡まではJR桜井線「畝傍」、近鉄橿原線「畝傍御陵前」、近鉄大阪線「耳成駅」より徒歩約三〇分と書かれているが、
「畝傍御陵前」からが一番近い、徒歩約一六分。
藤原京
現在も発掘調査が行なわれている、これだけ広ければ、それはそうだろうと思う。
藤原京
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