第九八回 一一三代 東山天皇陵

還暦前、写真家の「写して候・寄って候」
天皇御陵踏破の旅
江戸時代  <中期> 一一三~一一七代天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみたい。

写真取材 赤木 賢二
 
 

月輪陵(東山天皇陵)

「月輪陵」と「実相院」

一一三代/東山(ひがしやま)天皇陵
諱/朝 仁 あさひと
在位年/西暦一六八七~一七〇九年
陵形/九重塔 
皇居/京都御所 

所在地 月輪陵 京都府京都市東山区今熊野泉山町  泉涌寺内 
最寄駅 JR・京阪本線「東福寺」下車、約1,5km、徒歩約25分。

月輪陵

 113代天皇には、朝幕間で内定していた兄(112代・霊元天皇 第一皇子)一宮(済深法親王)を「大覚寺」に入寺させることで、霊元天皇・第四皇子の「113代・東山天皇」が即位することになる。

 また、朝儀復活や王政復古に尽力していた父の「112代・霊元天皇」の意向により、約300年ぶりに「立太子礼」を行い皇太子なった。即位後には、長く廃絶していた大嘗祭の儀式を復活させた。この御代に、儒学者または政治家「新井白石」の建白により「宮家」の創設が始まり、皇室領も一万石から三万石となり朝廷は財政面でも好転した。

 その御陵は「泉涌寺」内、「月輪陵」にある。

東山天皇の中宮・承秋門院の女院御所を移設した「実相院」

今回も「東山天皇」の足跡を探して叡山電鉄鞍馬線「岩倉」までやってきた。

目的の「実相院」までは、路線バスもあるみたいだが苦手なので徒歩で進む(苦笑)。叡山電鉄鞍馬線「岩倉」より、徒歩・約20分、約1200m。

バス停「岩倉実相院」を見つければ、稜線の方向へ進めば「実相院」の「四脚門」に到着した。

ここには、「東山天皇」の后「承秋門院」の「女院御所」を移設した「客殿」が残っている。もちろん、本堂も含んで国の登録有形文化財に指定されている。その他にも、天皇ゆかりの遺物が寺宝としてあるお寺だ。

また、幕末には「岩倉具視」も一時期ここに住んでいた、討幕のための密談記録が残されているらしい。

東側の石庭「こころのお庭」
この庭は「こころのお庭プロジェクト」として2年をかけ、約250名の市民の参加者で作庭されたらしい。

西側の庭園は、「こころのお庭」と全く逆の庭になっている。裏山を借景に自然美を感じさす、春には心がウキウキしそうな山水庭園だ。

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