ソノひびヨリ 第二二話<後編>
奈良県・葛城市 御所市 『色づく葛城の古き神を巡る』

當麻寺 西塔(国宝)
花の寺に花はなし・・・、3本!? のもみじの紅葉が・・・。

 食事を終えて再度、「奥の院」まで戻る。ここから「西南院」に入園できる、この「西南院」は「関西花の寺第二十一番霊場」で「しゃくなげ」や「ぼたん」が有名なのだが、この季節なので花など一本も咲いていなかった(苦笑)。花の見ごろなら4月~5月で、その頃は多くの観光客で賑わいうらしい。この時期は樹齢300年を超える「もみじ・3本!?」が「西南院」の庭園にある、紅葉が見ごろと聞き期待して入園した。でも、3本とは少し寂しいな・・・。ただ、この「西南院」からは国宝の東西の塔が画額に納めることができ、写真好きの定番アングルがあるのだ。

 「西南院」内の庭園には、池の廻りをぐるりと一周できる小径があり、少し高台に昇る道から対になる二塔が見えた。紅葉を絡めて納得のアングルを探しシャッターを切る、しかし、樹齢300年の「もみじ」か分らずじまいだ・・・それとこの曇天・・・。

 余談だが、「中の防」には国の名勝・史蹟に指定されている「香藕園」がある。「香藕園」のある中之坊庭園は、桃山時代に造営され、片桐石州が改修して現在の景観が整えられたらしい。また、園名の「香藕園」は「ハス香る園」の意で、東久邇宮殿下が命名されたのだ。

「奥の院」よこに「西南院」の入口がある、その後には国宝「西塔」だ。
庭園の小径から、水の鏡面に写り込む「西塔」
小径が少し昇りになる場所から、国宝「東塔」「西塔」が眺望できる。

 

大和三山らしき山が遠景に確認できる。陽が申し訳程度に射している。
古刹から、大和の古き神を祀る神社へと。

 気が付けば4時前だ! 少しゆっくりし過ぎた、次に向かうことにする。

 次に向かうのはここ「當麻寺」から車で約20分、隣りの御所市に鎮座する大和の古き神を祀る「葛城一言主神社」だ。前々から一度、参拝したかった神社で「當麻寺」から近いので急遽向かうことにした。

 ここ「葛城一言主神社」は、全国各地にある「一言主大神」をお祀りしている神社の総本社。祭神の「一言主大神」とは『古事記』の伝えるところ、「吾(あ)は悪事(まがどと)も一言、善事(よごと)も一言、言離(ことさか)の神、葛城一言主の大神なり」とおっしゃった神さまなのです。簡単に言うなら、「悪いことも、良いことも、一日に一言しか喋らない神さま」と言うことです。日々の一言の重さを感じさせて頂ける神さまだ。

 また、葛城山の地に訪れた幼少期の「二一代・雄略天皇」が、ご自身と同じ姿をした「一言主大神」と出合い、それが大神であることを知り、大御刀・弓矢・百官どもの衣服を奉献したとも伝えられている。まことに、由緒正しき神社なのです。

一ノ鳥居の直ぐ近くに駐車場がある。参道横の畑のあぜ道から紅葉した銀杏が見える。
境内に向かう階段。昇れば直ぐ本殿拝所に到着。
本殿拝所の右には「二一代・雄略天皇像」が弓を持ち勇ましい姿で建っていらっしゃった。

 そして、ここにも紅葉(黄葉)が美しい樹齢1200年の銀杏がある。この銀杏は、太い幹から乳房のようなものがたくさん出ていることから「乳銀杏」と言われ、地元の人たちから親しまれている。

 その理由としてこんな逸話がある、その昔、若い僧と村娘が恋に落ち身ごもった。子供を産む頃に若い僧の姿が消え、失意の中で子供を出産したのだ。だが、産後の肥立ちが悪く娘は亡くなってしまった。娘の母親は子供を育てようとしたが、乳がなく日に日に元気をなくしていった。ある日、子供を連れてこの銀杏の下で娘のことを偲んでいると、子供が銀杏の幹から流れてくる水を飲みだし、そうすると子供は元気になったという。ゆえに「乳銀杏」と言われている、良い話だ〜。

 ただ残念だったことは、紅葉が散ってほぼ裸木になっていた。幹周460cm、樹高24mの老木はいにしえを感じさせる佇まいだ、青葉でも良いので春にもう一度、訪れたい場所だ〜。

 この日の一言を授かり、この旅を終えよう。

樹齢1200年の「乳銀杏」、今日は風が強かったので散ったのか・・・
落ち葉も美しいけど。

當麻寺から葛城一言主神社

葛城一言主神社

葛城一言主神社 | 奈良県御所市いちごんさん
奈良県御所市にある葛城一言主神社。樹齢推定1200年の乳銀杏があり宿り木とも呼ばれています。冬至の二日前から節分まで一陽来復守りを毎日授与しています。
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