還暦前、写真家の「写して候・寄って候」 天皇御陵踏破の旅
第二十一回 飛鳥時代 三三代推古天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみた
い。

写真取材 赤木 賢二
 
 

磯長山田陵(推古天皇陵)

推古天皇陵

三三代/推古(すいこ)天皇陵
和風諡号/豊御食炊屋姫天皇 とよみけかしきやひめのすめらみこと
在位年/西暦五九二~六二八
陵形/方丘    
皇居/飛鳥豊浦宮(奈良県高市郡) 小墾田宮(奈良県高市郡)

所在地 磯長山田陵 大阪府南河内郡太子町大字山田
最寄駅 近鉄長野線「喜志」から、金剛バス「御陵前」下車。徒歩約二分。

 歴代天皇では最初の女性天皇、その中でも在位期間が長く、最も長生きした女性天皇。そして、摂政として甥である聖徳太子を登用したのも有名。御陵は方墳で、子の竹田皇子との合葬陵墓。『日本書紀』では推古天皇の崩御ののち、遺詔により「竹田皇子之陵」に葬ったとするが所在地・陵名に関する記載はない。御陵が田園の中に佇む姿は、母親の暖かさを感じる風景に見える。
 

推古天皇陵
拝所への入口には石柱が立っていて判りやすい、スロープを昇ると拝所だ。
御陵の周囲は石垣ブロックで整備され、拝所に昇る階段も最近補修されたのか真新しく見えた。
推古天皇陵
推古天皇陵
北側に広がる田園よりの一枚、直ぐ側にある二子塚古墳からの遠景。御陵を見ていて、田園に張り出す乳房のように感じる、不敬だが。

 
 
飛鳥豊浦宮(奈良県高市郡)

飛鳥豊浦宮
飛鳥豊浦宮
現在、向原寺(こうげんじ)が豊浦宮及び豊浦寺(飛鳥寺と並び日本最古の寺とされる)跡と伝承地とされている。
向原寺では、豊浦宮の発掘調査時出た遺構を現状保存で公開しているそうだ。
近鉄大阪線「橿原神宮前」から東へ徒歩約二三分。
飛鳥豊浦宮
原寺(豊浦寺)の一角に「難波池」と言う小さな池がある。廃仏派の物部守屋により仏像を投げこんだ難波の堀江であると伝承されている。

 
 
小墾田宮(奈良県高市郡)

小墾田宮
小墾田宮
飛鳥豊浦宮伝承地より徒歩約五分。広々とした田畑の中に説明プレートがある、伝承地としてはこちらの方が有力に感じる。
借景には大和三山の畝傍山があるからだろうか(笑)。
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