ソノひびヨリ 第四五話
奈良県橿原市
『日本建国の原点の地、奈良県橿原市へ』
<前編> 

ソノひびヨリ
橿原神宮 内拝殿と畝傍山(特別参拝)

初代天皇・神武天皇御陵の静寂を破る不敬な者が現る!?

 GW、五月五日「端午の節句」、どこへ行ってもオーバーツーリズムだろう・・・。どこに行くか? そんな時、必ず頭に浮かぶのが「奈良」、その理由はいまだに分からない(笑)。なら(最低の駄洒落ですね・・・)、体が欲する通り古都・奈良に向かうことにしましょう! と言えども奈良は広く観光地も多い、まず思いついたのが「飛鳥」、調べるとGWは人混みでごった返すみたいです・・・。次に「大和郡山」、あっ!ダメだ! 絶賛放映中の歴史ドラマの舞台になっている、きっと全国から観光客が押しかけている(良い事だけど・苦笑)。さてはて悩んだ末に、日本国家の原点とも言える地「橿原」に向かうことにした。  

 今回のコースは「神武天皇陵(畝傍山東北陵)」から「橿原神宮」へ、そして「今井町」でランチと散策を楽しむ予定です。 

近鉄橿原線「畝傍御陵前」
住宅街の後には大和三山「畝傍山」

 少しゆっくり目の出発となり近鉄「畝傍御陵前」に到着したのが午前10時、降車客は私たち以外に誰もいない。GWなのに立派な駅舎前のロータリーにも、ひとっこひとりいなく静寂に包まれている。

 駅より真っ直ぐに御陵へ向かう道すがら、静かな住宅街の奥に大和三山「畝傍山」が美しい緑の装い。こうして静かに歩くだけでも奈良・橿原で正解だったと思う、オーバーツーリズムどこ吹く風だ~。

 駅より五〇〇mほど住宅街を抜ければ、拝所へ誘う参道入口に到着しました。真鯉が泳ぐ小川に架かる橋を渡り、玉砂利が敷かれた美しい参道、聴こえるのは玉砂利を踏む音と小鳥たちの囀り。たまに風が吹けば木立の葉が擦れ合う音、静寂を壊さぬよう静々と歩んでいきます。しばらくすると緩やかなカーブ、前方に御陵拝所の鳥居が見えてきます。

神武天皇陵(畝傍山東北陵)参道の入口
カーブの先に御陵拝所が見えてきました

 また、小さな小川に架かる橋を渡れば神域です。拝所前の玉砂利が敷き詰められた空間は広く、二・三〇〇人同時に参拝できそうですね。入ってすぐ左手に手水舎があり、身を清め参拝です。ここでは、私利私欲を捨て国家の安寧を祈るだけでした。

 「神武天皇陵(畝傍山東北陵)」の形状は周囲・約一〇〇m、高さ・約五五〇cm「八稜円形墳(円丘)」です。(詳しく知りたい方には、本誌長老・赤木翁が連載している「還暦前、写真家の『写して候・寄って候』天皇御陵踏破の旅」をご覧ください。)

 余談ですが、皇居には「皇霊殿」と言って歴代天皇(皇族)が祀られている「宮中三殿(その一つ)」があります、そこで毎年四月三日に「神武天皇祭」が執り行われています。その時、この御陵に勅使が参向され幣帛を捧げます。また、天皇皇后両陛下、皇室の方々が「橿原神宮」に参拝されるときには、必ず先に「神武天皇陵(畝傍山東北陵)」をお参りするそうです。

広々とした拝所前の広場
手水舎で身を清め参拝ですよ! 広場の左脇にあるから分かりにくいと思いますが気をつけて見つけてください。
拝所の真っ正面から一枚撮影させていただきました。赤木翁に「不敬なヤツだ」と言われそう雨ですね。

 参拝を終え、晴々しい気分で御陵を後に深緑の参道を戻ることにしました。先ほど渡った橋を越え歩いていると、すぐ横(目線くらいの高さ)の木立中から静寂を破る鳥の羽音のような音が聞こえてくる(ビックリした!)。目を凝らして木立の隙間を覗いたら、いきなり「カァーカァー!」と大きな声が。手の届きそうな高さの枝から一羽のカラスが鳴いている! おぉ!これは「神武天皇東征」の伝説の「八咫烏」、武運長久を告げる吉兆の知らせか~。本日の旅に何か良いことが起こるかもしれません。ちなみに横にいる同行者は『鬼滅の刃のカラスみたい~(笑)』と不敬なことを言って笑っている・・・。

驚きのあまり急いで撮ったので手ブレが激しい。左写真中央にカラスがいます。

「八咫烏」の導きは「橿原神宮特別参拝と文華殿特別公開」

 「神武天皇陵(畝傍山東北陵)」から南に向かい約一km強・約一五分で「橿原神宮・第一鳥居」に到着です。御陵(参道入口)からすぐ近くに「北の鳥居」がありましたが、そこはスルーして表参道に向かいます(このコースがオススメ)。

 表参道入口の「第一鳥居」から三〇〇mほど参道真ん中付近に「神橋」「第二鳥居」、残り半分歩けば左手に「手水舎」、その向かいが境内の入り口「南神門」があります。この門をくぐれば神域に入ります、ここでもちゃんと手水で身を清めましょう。

 ちなみに、鳥居に使用されている木材は、当時統治していた台湾のヒノキで造られています。現在は、修復のためにわざわざカナダからヒノキを取り寄せて使用しているようです。日本ってほぼ山間部なのに不思議ですよね?

圧巻の大きさの「第一鳥居」
上・「南手水舎」、奥に見えるのが「南神門」
下・正面からの「南神門」。ここにも台湾ヒノキの部分が残っています。

 この「橿原神宮」の創建は新しく一八八九年(明治二二年)、ことの起こりは民主の声から始まったのです。奈良の橿原は初代天皇「神武天皇」の「畝傍橿原宮」(今でいう皇居ですね」)があったとされる地、すなわち日本建国の地ということです。そんな橿原にどうか「神武天皇」の神社をお作りくださいと、民からの請願がありました。そのことをお知りになった「明治天皇」は深く感銘を受けられ、すぐさま明治政府によって創建が認可されたのです。

 創建にあたって「明治天皇」は、新たに作られる神社の本殿に「京都御所内」の天照大神が祀られていた「賢所(国の重要文化財)」、拝殿に新嘗祭が執り行われていた「神嘉殿(しんかでん)」が下賜され移築されました。そんな起こりがあったとは知らなかったので心底驚きました、姿勢を正し心を込めて拝殿に向かいます。

上・「外拝殿」の全景
下・参拝していると中に一般の人がいる?

 拝殿内の拝所に進み参拝を終えると、同行者が「中に人がいるよ」と。よくよく見てみると、確かに一般人らしき人達が中にいる。後で知ることになるのだけれど、私たちが参拝したのが「外拝殿」、その奥に「内拝殿」があることを。先に「外拝殿」から出ていた同行者が「これだよ」と看板を指差した、そこには「橿原神宮特別参拝」と書かれていたのです。

 この「橿原神宮特別参拝」は、GWの前後(十日間ほど)と六月と一二月に二回開催される希少な特別参拝です。初穂料は三千円(大人)、所要時間・約七〇分、なんと神職の方のガイド付き! その行程は、通常で入れない「内拝殿」で拝礼(御神前に最も近い場所です!)、そこで橿原神宮の由緒を神職の方から説明を受け、境内外に建つ重要文化財「文華殿」を見学、宝物館見学(チケット付き)、その上お土産の古材を使った「特製・樹木布缶バッチ」まで頂けるのです~。これは絶対に参加しなきゃいけない! 先ほどの「八咫烏」はこのことを告げにきてくれたんだ~(勝手に思い込む私です・笑)。

「外拝殿」の横に立て掛けられている「橿原神宮特別参拝と文華殿特別公開」の看板
「内拝殿」で拝礼するための幣帛をいただく

 特別参拝仮設待合所にある受付で初穂料を支払い、紙の小忌衣(おみごろも)を首から掛け、幣帛を持ち特別参拝へスタートです。

 神職の方の案内で「外拝殿」の下手にある通路より中に入って「内拝殿」の真正面へ移動、そこから拝所へと真っ直ぐ続く石畳の参道を前へと前へと進みます。もうこの辺りから空気感が全く違っていて、外との音さえも聞こえない不思議な体験をしました~。

 「内拝殿」の奥には皇室の方々が礼拝する「幣殿」あり、そのまた奥に「本殿」があります。ここから「本殿」は見えませんでした(残念です)、でも「内拝殿」の広い空間からは「幣殿」の屋根の上に付く「千木」が確認できますよ。「内拝殿」で幣帛を捧げ礼拝を終えると、神職の方が撮影が許される場所に案内してくれます、くれぐれも勝手に撮影はダメですよ。

撮影OKのポイントからの「内拝殿」、その後ろに「畝傍山」。ここから「幣殿」の「千木」が確認できます。
一般の方が参拝する「外拝殿」、なかなか「内拝殿」から見ることがないですよね!

戦国大名織田家子孫の文化財を見学

 特別参拝を終え、一行は「内拝殿」から出て「外拝殿」へ、「南神門」をくぐり境内を後にして重要文化財「文華殿」へと向かいます。第二鳥居と第一鳥居の中間(南神門より約五分)を南に進めば木立の中に「文華殿」が現れます。パッと見の印象は江戸時代の「陣屋」って感じです、ただこの屋敷の主が「織田信長」の弟、「織田有楽斎(うらくさい)」の五男・「織田尚長(ひさなが)」だそうです。「織田尚長」は江戸時代「柳本藩」の藩祖で、石高は一万石と小さな藩のお殿様です。

 この「文華殿」は「柳本藩陣屋(家格は城主格大名)」の一部(大書院、玄関)が奈良県天理市柳本町より移築されたものです。一時期、一八七七年(明治十年)から柳本小学校の校舎として使用されていましたが、校舎の改築計画に伴い撤去されたのです。そして一九六四年(昭和三九年)に橿原神宮へ奉納され復原保存のち、晴れて一九六七年(昭和四二年)に国の重要文化財に指定されました。その後も老朽化が進み、二〇二〇年(令和二年)より奈良県に委託し文華殿保存修理工事がスタートしたようです。その保存修理工事が今年3月に竣工したことを記念して「文華殿特別公開」を開催しています。

境内か外に出て、神職の方と「文華殿」に目指します。この道すがらに質問をするチャンスです~。
重要文化財「文華殿」の玄関

 「文華殿」内では、一部屋ごとに「江戸時代どのように使われていたか」を神職の方が丁寧に説明してくれます。部屋ごとに異なる格付けや(身分・役柄により入れる部屋が決まっています。)、小さいながらも「江戸城本丸御殿」を真似て造られたとされている「上・中・下段の三段構成の謁見の間」。この「謁見の間」は、現存する唯一のものであり非常に貴重な文化資料なのです。また、保存修理工事が難航したことなどや、今後の保存のための活用方法などを語ってくれたのです。神事だけじゃなくツアーガイドの役目もするんだと感心しながら、このご時世だから神職の方も大変なのですね(笑)。ありがとうございました!

 ここで神職の方と別れ、各自「宝物館」を見学すれば、一一時半からスタートした「橿原神宮特別参拝と文華殿特別公開」ツアーは終わりました、感想としてはなかなか濃い内容でしたよ。機会があればご参加をお勧めします。

 さて、時間も一時過ぎ、もうお腹がペコペコです(笑)、予約している今井町のお店に移動しましょう~。

「上・中・下段の三段構成の謁見の間」。極彩色の丸彫り欄間が美しいですよ、この欄間の半数が戦後のどさくさで行方不明なのです。
中庭から見た「文華殿」
「橿原神宮特別参拝と文華殿特別公開」参加で貰えた一式です
古材を使った「特製・樹木布缶バッチ」。橿原神宮の特製ですよ!

<後編に続く>

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