五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみたい。
写真取材 赤木 賢二
幕末に柳本藩による大改修が施されており、当初の姿とは異なるらしい。
十代/崇 神(すじん)天皇陵
和風諡号/御間城入彦五十瓊殖天皇 みまきいりひこいにえのすめらみこと
在位年/紀元前九七~前三〇
陵形/前方後円
皇居/磯城瑞籬宮
所在地 山邊道勾岡上陵 奈良県天理市柳本町
最寄駅 JR桜井線「柳本」から徒歩一五分
崇神(すじん)天皇陵は、全長二四二mの巨大な前方後円墳。築造は四世紀後半。崇神天皇は、大和政権の初代大王ともいわれる人物。この規模の大きさからは、相当な権力を握っていたことがうかがえる。高い堤防の上続く松並木、水に満たされた周濠も美しい。
山邊道勾岡上陵(崇神天皇陵)
周辺を濠で囲まれており水面に浮かぶその姿もまた美しい。
磯城瑞籬宮趾
志貴御県坐神社に宮跡の石碑はある。ここから北へ三輪・巻向と山の辺の道が続く、
山の辺の道の起点でもある。
十一代/垂 仁(すいにん)天 皇 陵
和風諡号/活目入彦五十狭茅天皇 いくめいりひこいさちのすめらみこと
在位年/紀元前二九~西暦七〇
陵形/前方後円
皇居/纒向珠城宮
所在地 菅原伏見東陵 奈良県奈良市尼辻西町
最寄駅 近鉄橿原線「尼ヶ辻」から徒歩五分
宝来山古墳とも呼ばれる「垂仁天皇陵」は、尼ヶ辻駅から近く、近辺には唐招提寺や平城京跡の史跡も多く、訪れやすい古代散策地だ。四世紀ごろに建造された墳丘と堀も美しいが、周辺からの眺望が画になる。田畑に水を張る田植えの時期か稲穂が実る季節がなお良い。
菅原伏見東陵(垂仁天皇陵)
御陵の西側、たわわに実る稲穂が当時の繁栄を感じずにはいられない。
全長二二七mという全国二〇番目の規模
纒向珠城宮跡
JR巻向駅から,東北方向に三〇〇mほど歩くと宮跡の石碑が建つ。