還暦前、写真家の「写して候・寄って候」 天皇御陵踏破の旅
第四一回 平安時代<前期> 五五代 文徳天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写
してみたい。

写真取材 赤木 賢二

田邑陵(文徳天皇陵)

五五代/文徳(もんとく)天皇陵
諱/道康 みちやす
在位年/西暦八五〇~八五八
陵形/円丘  
皇居/平安京(京都市上京区)※五〇〜八〇代まで同宮

所在地 田邑陵 京都府京都市右京区太秦三尾町
最寄駅 JR山陰本線・嵯峨野線「太秦」から、約1,1km・徒歩約14分。

 平安時代に絶大な力を持つ、藤原氏によって擁立された、最初の天皇。だが、病弱だった文徳天皇はその在位も短く、在位9年32歳の若さで崩御。在位中も病弱で、朝廷の会議などに出る事も少なかったとされている。その後の「摂関政治」などに繋がっていくと言われている。
 御陵は、中世以降に所在地不明となっていて、幕末に谷森善臣の比定に従い、現在宮内庁によって京都市右京区太秦三尾町に陵墓が定められた。だが、横穴式石室を持つ古墳時代の円墳なので、平安時代の陵墓としては不適当と考えられているらしい。
 

住宅街の裏を回り込む様に続く参道。一度、右折すれば拝所が見えてきた。
近くの駐車場で子供たちが何やら楽しげに集まっていた。

田邑陵

 
 
平安京跡・神泉苑東端線

言わずと知れた二条城、逆光で一枚。
平安京跡・神泉苑東端線付近、堀の廻りに植えられている椿が日に映える。
平安京跡の説明案内があった。
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