還暦前、写真家の「写して候・寄って候」 天皇御陵踏破の旅
平安時代<前期>第四七回 六一代 朱雀天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみたい。

写真取材 赤木 賢二

醍醐陵(朱雀天皇陵)

朱雀天皇陵

六一代/朱雀(すざく)天皇陵
諱/寛明 ゆたあきら
在位年/西暦九三〇~九四六
陵形/円丘  
皇居/平安京(京都市上京区)※五〇〜八〇代まで同宮

所在地/醍醐陵 京都府京都市伏見区醍醐御陵東裏町
最寄駅/京都市地下鉄東西線「醍醐」から、約1,5km・徒歩約20分。

 わずか3歳にして立太子、8歳で61代天皇に即位した朱雀天皇。そのため政の実権は、藤原家の長・藤原忠平が924年に摂政となり、936年には太政大臣になって権勢を振るった。
 朱雀天皇の冶世では、平将門が関東で反乱を起こした「平将門の乱」、また瀬戸内海で藤原純友が起こした「藤原純友の乱」があり、天災では「富士山の噴火」にも見舞われる苦難に満ちた時代を過ごした。946年に24歳で譲位し、太上天皇となり、952年に出家して同年8月に突如として崩御した。
 その御陵は、北西に父・醍醐天皇陵があり、醍醐天皇陵が「上ノ御陵」、朱雀天皇陵が「下ノ御陵」と呼ばれていた。
 

朱雀天皇陵
醍醐寺の北門を過ぎ、住宅街に入れば参道がある。北門より北へ約60mくらいだ。
朱雀天皇陵
朱雀天皇陵
朱雀天皇陵
参道入口から拝所までは約100m、以外と広いのが驚いた!
最初の訪問時はあまり天候が良くなかったので、好天の時に再訪問した、やはり青空がいい。

醍醐陵

 
 
平安京朱雀院跡

朱雀院跡
「朱雀院」は平安京のど真ん中にあった「朱雀大路」の西側に建っていた、
今は市道166号線と七本松通りの角の空き地に「朱雀院跡」を示す案内板があった。
京福嵐山線
跡地と市道166号線を挟んで反対側には、かわいいラッピングの「京福嵐山線」が走っていた。
朱雀院跡
朱雀院跡
空き地だと思ったが、「NISSHA」さんの敷地内なのだろうか・・・。

平安京朱雀院跡

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