第八〇回 九五代 花園天皇陵

還暦前、写真家の「写して候・寄って候」
天皇御陵踏破の旅
鎌倉時代 八二代〜九五代天皇陵

五十路もなかばの頃、ふと考えた。
日本国とは何なのか、日本人とは何なのか。
その答えを探す為に、2600年を遡る時空の旅へ出た。
イデオロギーなど関係無い、ただ、今そこに残る時間の集積を写してみたい。

写真取材 赤木 賢二
 
 

十楽院上陵(花園天皇陵)

花園天皇陵

九五代/花 園(はなぞの)天皇陵
諱/富仁 とみひと 
在位年/西暦一三〇八~一三一八年
陵形/円丘 
皇居/平安京 

所在地 十楽院上陵 京都府京都市東山区粟田口三条坊町 
最寄駅 京都市地下鉄「東山」下車、約600m、徒歩約9分。

 95代・花園天皇は、大覚寺統(南朝)の先帝・後二条天皇が急死したために12歳で践祚。そのため、父の伏見上皇(92代天皇)と兄の後伏見上皇(93代天皇)が在位の前後を分け院政がひかれた。

 在位11年と若くして大覚寺統の尊治親王(96代・後醍醐天皇)に譲位した。その後、甥の量仁親王(北朝1代・光厳天皇)を皇太子として養育した。そして、やがて訪れる動乱期に備えるために親王に勉学の必要性があることを説いた。

 また、禅宗の信仰に傾倒し、仁和寺の「花園離宮」を寺に改めて「妙心寺」を開基している。

 その御陵は、東山区粟田口三条坊町の「青蓮院」と「知恩院」の間、華頂山の麓の丘上にある。
 
 

花園天皇陵
地下鉄「東山」下車、神宮道通りを南へ。青蓮院門跡を通り越し40mほど進めば御陵へ続く、菊の御紋の門がある。
参拝時間以外、門は閉まっているので注意。
花園天皇陵
菊の御紋がある門より、雑木林の参道を抜けると拝所が見える。
花園天皇陵

花園天皇・開基「妙心寺(花園御所跡)」

妙心寺
JR山陽本線「花園」より、徒歩約5分で「妙心寺」南門へ到着。近い、楽だ(笑)!
妙心寺
境内に入れば驚く、とにかく南北に広い敷地だ。お坊さまの歩く姿が様になるな。
妙心寺
南門をくぐり池の真中にかかる参道を行けば、重要文化財の「三門」。
この門には「空」「無相」「無作」という、「禅」の境地の意味があるらしいが・・・。
このボンクラに分かるはずがない。
妙心寺
上・「三門」の後には「妙心寺」の本堂「仏殿(重要文化財)」で江戸時代の建立。
下・「大方丈(重要文化財)」内、お坊さんの大広間だそうだ。
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